・・・ ところで、この手紙はきっと私がお目にかかる時分にやっと着くのでしょうが、シャツその他の衣類、フトンなどの工合はいかがでしょうかしら。間に合って居りましょうか。あなたはまだお湯をおつかいになれませんか? 浴びるだけならいいのではないでし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・日夜顔をあわせている女同士で自分が八百円に売ってやった衣類の、二百円を天びきに相手にわたして、何も知らないその人が礼にとさしだす百円ももらい「三百円儲けた話」は、きょうの著者の心に、明るいエピソードだろうか。人間の心は、こういうときはこうも・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ あの記事によって私共は日常行事を知り得た。衣類や食物や、行動の時間割などについて。紙数の制限があった故であろうが、余りそれだけすぎた。例えばそのような細部に於ても女囚が月経中まし紙と称して多少余計な浅草紙をいただかせて頂く、ということ・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・ひところ、一反百円という女物の衣類は、ごく特殊なものにかぎられていた。ところが、昨今は珍らしくなくなった。百円をこしているものも珍らしくはない。まことに、これらの流行色調は絢爛をきわめ、富貴をほこるものであるが、これを見る私たちの一方の目は・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・と云ったりよは、その晩から宇平の衣類に手を着けた。 九日にはりよが旅支度にいる物を買いに出た。九郎右衛門が書附にして渡したのである。きょうは風が南に変って、珍らしく暖いと思っていると、酉の上刻に又檜物町から出火した。おとつい焼け残った町・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そして着換えの衣類を出して、子供を脇へ寄らせて、隅のところに敷いた。そこへ親子をすわらせた。 母親がすわると、二人の子供が左右からすがりついた。岩代の信夫郡の住家を出て、親子はここまで来るうちに、家の中ではあっても、この材木の蔭より外ら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・殊に婆あさんの方は、跡から大分荷物が来て、衣類なんぞは立派な物を持っているようである。荷物が来てから間もなく、誰が言い出したか、あの婆あさんは御殿女中をしたものだと云う噂が、近所に広まった。 二人の生活はいかにも隠居らしい、気楽な生活で・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・平生人には吝嗇と言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。しかし不幸な事には、妻をいい身代の商人の家から迎えた。そこで女房は夫のもらう扶持米で暮らしを立ててゆこうとする・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・いつも身綺麗にしていて、衣類や持物に、その時々の流行を趁っている。或時僕が脚本の試みをしているのを見てこんな事を言った。「どうもあなたのお書きになるものは少し勝手が違っています。ちょいちょい芝居を御覧になったら好いでしょう」これは親切に言っ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・この衣類の主が夕方には、はでな湯帷子を著て、縁端で凉んでいる。外から帰って著物を脱ぎ更えるのを不意に見て、こっちで顔を背けることもある。私はいつとなくこの女の顔を見覚えたが、名を聞く折もなく、どこの学校に通うと云うことを知る縁もなかった。女・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫