・・・同時に又自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。 ルッソオは告白を好んだ人である。しかし赤裸々の彼自身は懺悔録の中にも発見出来ない。メリメは告白を嫌った人である。しかし「コロンバ」は隠約の間に彼自身を語ってはいないであろうか・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・わたしはいつも彼女の中に何か荒あらしい表現を求めているものを感じていた。が、この何かを表現することはわたしの力量には及ばなかった。のみならず表現することを避けたい気もちも動いていた。それはあるいは油画の具やブラッシュを使って表現することを避・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫然と労働者の生活なるものを描く。彼らは第四階級以外の階級者が発明した論理と、思想と、検察法とをもって、文芸的作品に臨み、労働文芸としからざるものとを選り分ける。私はそう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・は暗黙の中にこの気持ちを十分に表現しているように見える。マルクスは唯物史観に立脚したと称せられているけれども、もし私の理解が誤っていなかったならば、その唯物史観の背後には、力強い精神的要求が潜んでいたように見える。彼はその宣言の中に人々間の・・・ 有島武郎 「想片」
・・・が、あのまだ物を見ている、大きく開けた目の上に被さる刹那に、このまだ生きていて、もうすぐに死のうとしている人の目が、外の人にほとんど知れない感情を表現していたのである。それは最後に、無意識に、救を求める訴であった。フレンチがあれをさえ思い出・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・歌は――文学は作家の個人性の表現だということを狭く解釈してるんだからね。仮に今夜なら今夜のおれの頭の調子を歌うにしてもだね。なるほどひと晩のことだから一つに纏めて現した方が都合は可いかも知れないが、一時間は六十分で、一分は六十秒だよ。連続は・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・と傲語した椿岳は苔下に会心の微笑を湛えつつ、「そウら見さっしゃい、印象派の表現派のとゴテ付いてるが、ゴークやセザンヌは疾っくに俺がやってる哩」とでも脂下ってるだろう。 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ゴッホに、到底セザンヌの軽快洒脱を望むことはできないが、その表現主義的であり、哲学的である点に於て、ゴッホとムンクと相通ずるところがあるのは、同じ、北方の産であったゝめであろう。 私達は、さらに、漂浪の詩人に、郷土のなつかしまれたのを知・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・実に、その芸術が、かゝる真実の表現であったら必ずや、その聞こうとするものがあるを当然とします。もし、芸術が真の発見であり、創意であり、作家の熱烈なる要求であることの代りに、通俗への合流に過ぎぬとしたら、何の教化ということもないでありましょう・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・の音の積み重ねと、露骨な表現を避けたいいまわしに、私は感心した、そして桃子という芸者がそれを断るのを、自分は泊ることは困る、勘弁してくれという意味で「あて、かなわんのどっせ。かんにんどっせ」と含みを持たせた簡単な表現で、しかも婉曲に片づけて・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫