・・・――こう云う内にまた雨の中を斜に蒼白い電光が走って、雲を裂くように雷が鳴りましたから、お敏は思わず銀杏返しを膝の上へ伏せて、しばらくはじっと身動きもしませんでしたが、やがて全く色を失った顔を挙げると、夢現のような目なざしをうっとりと外の雨脚・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・胆を裂くような心咎めが突然クララを襲った。それは本統はクララが始めから考えていた事なのだ。十六の歳から神の子基督の婢女として生き通そうと誓った、その神聖な誓言を忘れた報いに地獄に落ちるのに何の不思議がある。それは覚悟しなければならぬ。それに・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・婆さんの方でない、安達ヶ原の納戸でないから、はらごもりを割くのでない。松魚だ、鯛だ。烏賊でも構わぬ。生麦の鰺、佳品である。 魚友は意気な兄哥で、お来さんが少し思召しがあるほどの男だが、鳶のように魚の腹を握まねばならない。その腸を二升瓶に・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ ことのここに及べるまで、医学士の挙動脱兎のごとく神速にしていささか間なく、伯爵夫人の胸を割くや、一同はもとよりかの医博士に到るまで、言を挟むべき寸隙とてもなかりしなるが、ここにおいてか、わななくあり、面を蔽うあり、背向になるあり、ある・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 筐の簪、箪笥の衣、薙刀で割く腹より、小県はこの時、涙ぐんだ。 いや、懸念に堪えない。「玉虫どころか……」 名は知るまいと思うばかり、その説明の暇もない。「大変な毒虫だよ。――支度はいいね、お誓さん、お堂の下へおりて下さ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 衝と行く、お誓が、心せいたか、樹と樹の幹にちょっと支えられたようだったが、そのまま両手で裂くように、水に襟を開いた。玉なめらかに、きめ細かに、白妙なる、乳首の深秘は、幽に雪間の菫を装い、牡丹冷やかにくずれたのは、その腹帯の結びめを、伏・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ お通は胸も張裂くばかり、「ええ。」と叫びて、身を震わし、肩をゆりて、「イ、一層、殺しておしまいよう。」 伝内は自若として、「これ、またあんな無理を謂うだ。蚤にも喰わすことのならねえものを、何として、は、殺せるこんだ。さ駄々・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・――人も立ち会い、抱き起こし申す縮緬が、氷でバリバリと音がしまして、古襖から錦絵を剥がすようで、この方が、お身体を裂く思いがしました。胸に溜まった血は暖かく流れましたのに。―― 撃ちましたのは石松で。――親仁が、生計の苦しさから、今夜こ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・言うても、母が民子を愛することは少しも変らないけれど、二つも年の多い民子を僕の嫁にすることはどうしてもいけぬと云うことになったらしく、それには嫂もいろいろ言うて、嫁にしないとすれば、二人の仲はなるたけ裂く様な工夫をせねばならぬ。母も嫂もそう・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・その中には生木を割くような生別もあるのである。 いったん愛し合い結び合った者は一生離れず終わりを全うするのが美しく望ましいのはいうまでもない。この現実の世ではそうした人倫の「有終の美」は稀なだけにどんなに尊いかしれない。天智天皇と藤原鎌・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
出典:青空文庫