・・・その日別荘へ行って見ると、将軍夫妻は今し方、裏山へ散歩にお出かけになった、――そう云う別荘番の話だった。少将は案内を知っていたから、早速裏山へ出かける事にした。すると二三町行った所に、綿服を纏った将軍が、夫人と一しょに佇んでいた。少将はこの・・・ 芥川竜之介 「将軍」
検非違使に問われたる木樵りの物語 さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でござい・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・後へ後へと群り続いて、裏山の峰へ尾を曳いて、遥かに高い処から、赤い滝を落し懸けたのが、岩に潜ってまた流れる、その末の開いた処が、目の下に見える数よ。最も遠くの方は中絶えして、一ツ二ツずつ続いたんだが、限りが知れん、幾百居るか。 で、何の・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・この村の何某、秋の末つ方、夕暮の事なるが、落葉を拾いに裏山に上り、岨道を俯向いて掻込みいると、フト目の前に太く大なる脚、向脛のあたりスクスクと毛の生えたるが、ぬいとあり。我にもあらず崖を一なだれにころげ落ちて、我家の背戸に倒れ込む。そこにて・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ゃんと私の名を存じておりまして、(お雪や、お前、あんまり可哀そうだから、私がその病気を復と立ったまま手を引くように致しましたが、いつの間にやら私の体は、あの壁を抜けて戸外へ出まして、見覚のある裏山の方へ、冷たい草原の上を、貴方、跣足・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・中でも裏山の峰に近い、この寺の墓場の丘の頂に、一樹、榎の大木が聳えて、その梢に掛ける高燈籠が、市街の広場、辻、小路。池、沼のほとり、大川縁。一里西に遠い荒海の上からも、望めば、仰げば、佇めば、みな空に、面影に立って見えるので、名に呼んで知ら・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・その道は、修善寺の裏山へ抜けられる。」 一廻り斜に見上げた、尾花を分けて、稲の真日南へ――スッと低く飛んだ、赤蜻蛉を、挿にして、小さな女の児が、――また二人。「まあ、おんなじような、いつかの鼓草のと……」「少し違うぜ、春のが、山・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 裏山は、雲が切れて、秋の日があたたかそうに照らしていました。そして、二、三十メートルかなたに、大きなとちの木があって、熟した実がぶらさがっていましたが、その下に黒いものがしきりに動いているのを見つけたのです。「いた! いた!」と猟・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・と言って、徳二郎は歌いながら裏山に登ってしまった。 ころは夏の最中、月影さやかなる夜であった。僕は徳二郎のあとについて田んぼにいで、稲の香高きあぜ道を走って川の堤に出た。堤は一段高く、ここに上れば広々とした野づら一面を見渡されるのである・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・は四五人の学校仲間と小松山へ出かけ、戦争の真似をして、我こそ秀吉だとか義経だとか、十三四にもなりながらばかげた腕白を働らいて大あばれに荒れ、ついに喉が渇いてきたので、山のすぐ麓にある桂正作の家の庭へ、裏山からドヤドヤと駈下りて、案内も乞わず・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
出典:青空文庫