・・・三、家 ジョバンニが勢よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆いが下りたままになっていました。「お母さん。いま・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・信州地方の風景的生活的特色、東京の裏町の生活気分を、対比してそれぞれを特徴において描こうとしているところ、又、主人公おふみの生きる姿の推移をその雰囲気で掴み、そこから描き出して行こうとしているところ、なかなか努力である。カメラのつかいかたを・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・そういう心もちは、琴平の裏町のこまやかな風景をすなおに私に感じさせるのであった。 次の夜、雨の中を、おそく、電車から降りた。子供づれの友人の妻君も一緒で、石段がこれからはじまろうというとき、私は、「ちょっと、ちょっと」と、宿の提・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ パリにいた或る日、父は私をつれてどこであったか裏町の骨董店歩きをして、私にいろんな家具のスタイルだとかを話してくれたことがありました。ある店で、柿右衛門を模倣した小さい白粉壺が見つかり、父が、しきりに外国で日本の作品が模倣されている面・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・そして、月給日など「裏町の小路をのっそりと歩いたり、なんかガスのように下方をはい流れているうつらうつらとして陰惨な楽しみに酔う自身の姿に気がついて、なるほど世に繁茂する思想の生え上った根もとはここなのかと、はっと瞬間目醒めるように眼前の空間・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・狭い特色ある裏町をずっと興福寺の方へ行って見た。もう夕頃で、どの寺の門扉も鎖されている。ところどころ、左右から相逼る寺領の白い築地の間に、やっと人一人通れる位の壊れた石段道が、樟の若葉からしたたる夕闇がくれ、爪先のぼりに風頭山へ消えているの・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ シモーヌ・シモンがディアンヌという裏町の娘に扮し、ジェームス・スチュアートが道路掃除夫のチーコになっている「第七天国」という映画も、バーバラ・スタンウィックの出演しているもう一つのも、どっちも背景に欧州大戦時代をとりいれた作品であった・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ 林町の裏町の家の間のせまいつきあたりの様な町があるとこは、おせんこくさい様な香がする。それは、そこは小家が沢山ならんで居て大抵そこにおばあさんが多くすんで居る。それを知って居るんでおせんこくさい香がするように感じるのかも知れない。・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫