・・・ 天文学者の説によれば、ヘラクレス星群を発した光は我我の地球へ達するのに三万六千年を要するそうである。が、ヘラクレス星群と雖も、永久に輝いていることは出来ない。何時か一度は冷灰のように、美しい光を失ってしまう。のみならず死は何処へ行って・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そして一段歩に要する開墾費のだいたいをしめ上げさせた。「それを百二十七町四段二畝歩にするといくらになるか」 父はなお彼の不器用な手許から眼を放さずにこう追っかけて命令した。そこで彼はもうたじろいでしまった。彼は矢部の眼の前に自分の愚・・・ 有島武郎 「親子」
・・・閨では別段に注意を要するだろう。以前は影絵、うつし絵などでは、巫山戯たその光景を見せたそうで。――御新姐さん、……奥さま。……さ、お横に、とこれから腰を揉むのだが、横にもすれば、俯向にもする、一つくるりと返して、ふわりと柔くまた横にもしよう・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・二十頭の乳牛を二回に牽くとすれば、十人の人を要するのである。雨の降るのにしかも大水の中を牽くのであるから、無造作には人を得られない。某氏の尽力によりようやく午後の三時頃に至って人を頼み得た。 なるべく水の浅い道筋を選ばねばならぬ。それで・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・この間に立って論難批評したり新脚本を書いたりするはルーテルが法王の御教書を焼くと同一の勇気を要する。『桐一葉』は勿論『書生気質』のようなものではない。中々面白い。花見の夢の場、奴の槍踊の処は坪内君でなくてアレほど面白く書くものは外にあるまい・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・しかしながら日本人お互いに今要するものは何であるか。本が足りないのでしょうか、金がないのでしょうか、あるいは事業が不足なのでありましょうか。それらのことの不足はもとよりないことはない。けれども、私が考えてみると、今日第一の欠乏は Life ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・書中の認識や、引例等にも、多少の改変を要するものあるは勿論であります。こうした批評眼を有しないものならば、また、読書子の資格のなきものです。 雑誌に載った時は、読みたいとも思わなかったのが、単行本となって、あらわれて、はじめて一本を・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・このような原稿を伏字なしに書くには字句一つの使い方にも細かい神経を要する。武田さんが書き悩んでいるわけもうなずけるのだった。「僕がおっては邪魔でしょう」 と、出ようとすると、「いや、居ってくれんと淋しくて困るんだ。なアに書きゃい・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・……つまり、他に理由はないんさ、要するに貧乏な友達なんか要らないという訳なんだよ。他に君にどんな好い長所や美点があろうと、唯君が貧乏だというだけの理由から、彼等は好かないというんだからね、仕様がないじゃないか。殊にYなんかというあゝ云った所・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・しかし生の問いは解決されることを要する。したがって学の中にとどまっていることはできぬ。善悪の二字総じて忘れる宗教のふところに入らねばならぬ。しかし善悪を忘じることは、善悪に執し切った後においてのみ可能なのである。知識青年にして少なくともある・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫