・・・笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が要るなら川森の保証で少し位は融通すると付加えるのを忘れなかった。しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・船頭なんか、要るものかい、ははん。」 と高慢な笑い方で、「船からよ、白い手で招くだね。黒親仁は俺を負って、ざぶざぶと流を渡って、船に乗った。二人の婦人は、柴に附着けて売られたっけ、毒だ言うて川下へ流されたのが遁げて来ただね。 ず・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「私が学校で要る教科書が買えなかったので、親仁が思切って、阿母の記念の錦絵を、古本屋に売ったのを、平さんが買戻して、蔵っといてくれた。その絵の事だよ。」 時雨の雲の暗い晩、寂しい水菜で夕餉が済む、と箸も下に置かぬ前から、織次はどうし・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・何しろこれまで船に乗り通しで、陸で要る物と言っちゃ下駄一足持たないんでしょう、そんなんですから、当人で見るとまた、私たちの考えるようにゃ行かないらしいんですね」「ですがねえ。私なぞの考えで見ると、何も家をお持ちなさるからって、暮に遣う煤・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・節子は生々と頬を染めながら、「このトランクには、音楽会に要るイブニングや楽譜がはいってましたの。これから、音楽会へも出られますわ。ほんとうに、ありがとうございました。ほんとにお世話ばかし掛けて……」「いやア。お礼いわれるほどの……。・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・だから、種吉の体は幾つあっても足らぬくらいで、蝶子も諦め、結局病院代も要るままに、店を売りに出したのだ。 こればっかりは運よく、すぐ買手がついて、二百五十円の金がはいったが、すぐ消えた。手術と決ってはいたが、手術するまえに体に力をつけて・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ここを綺麗にして出るとなると七八百の金が要るんだがね、逃げだしたためT君のような別な地獄へ投りこまれることになるかもしれないがね、それにしても死神に脅かされているよりはましだという気がするよ。僕はどうかするとあの仏殿の地蔵様の坐っている真下・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・いやそろそろ政略が要るようになった。妙だぞ。妙だぞ。ようやく無事に苦しみかけたところへ、いい慰みが沸いて来た。充分うまくやって見ようぞ。ここがおれの技倆だ。はて事が面白くなって来たな。 光代は高がひいひいたもれ。ただ一撃ちに羽翼締めだ。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・これから十二、一、二と先ず三月が炭の要る盛ですから倹約出来るだけ仕ないと大変ですよ。お徳が朝から晩まで炭が要る炭が高価いて泣言ばかり言うのも無理はありませんわ」「だって炭を倹約して風邪でも引ちゃ何もなりや仕ない」「まさかそんなことは・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫