・・・仕事には非常の根気とエネルギーが要る。身体が丈夫ならば丈夫なだけいい。芸術上の仕事には種々な経験が豊かなほどいいのだが、身体が弱ければ生活が狭くなる。少なくともかなりな程度の健康を保つことを常に心掛けなくてはならない。それには、一、・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・「嚊の産にゃ銭が要るし、今一文無しで仕事にはぐれたら、俺ら、困るんじゃ。それに正月は来よるし、……ひとつお前さんからもう一遍、親方に頼んでみておくれんか。」 杜氏はいや/\ながら主人のところへ行ってみた。主人の云い分は前と同じことだ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・――あれうちが要るのに!」「お前達どこへも持って行きゃせんのじゃな?」「うむ。――昼から家へ戻りゃせんのに!」 家へ帰ると、お里は台所に坐りこんだ。彼女は蒼くなってぶる/\慄えていた。お品ときみとは、黙って母親の顔を見ていた。と・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・その本は少し根気の要るむずかしいものだったが、龍介はその事について今興味があった。彼には、彼の癖として何かのつまずきで、よくそれっきり読めずに、放ってしまう本がたくさんあった。 龍介はとにかく今日は真直に帰ろうと思った。 宿直の人に・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 太郎には私は自身に作れるだけの田と、畑と、薪材を取りに行くために要るだけの林と、それに家とをあてがった。自作農として出発させたい考えで、余分なものはいっさいあてがわない方針を執った。 都会の借家ずまいに慣れた目で、この太郎の家・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・死ぬことにも努力が要る。ふたり坐れるほどの草原を、やっと捜し当てた。そこには、すこし日が当って、泉もあった。「ここにしよう。」疲れていた。 かず枝はハンケチを敷いて坐って嘉七に笑われた。かず枝は、ほとんど無言であった。風呂敷包から薬・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ その女のひとのために、内緒でお金の要る事があったのに違いないと私は思いました。「それじゃ、何を着ていらっしゃるの?」「開襟シャツ一枚でいいよ。」 朝に言い出し、お昼にはもう出発ということになりました。一刻も早く、家から出て・・・ 太宰治 「おさん」
・・・他に、どんな言葉が要るのですか。あの時には、自分は未だ君の作品を、ほとんど読んでいなかったのです。 けれどもいまは、ちがいます。自分は君の短篇集を、はじめから終りまで全部読みました。かなりの資質を持った作家だと思いました。いつか詩人の加・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ ――僕を理解するには何よりも勇気が要る。いい言葉じゃないか。僕はフリイドリッヒ・ニイチェだ。 私は女給たちのとめて呉れるのを、いまかいまかと待っていた。女給たちはしかし、そろって冷い顔して私の殴られるのを待っていた。そのうちに私は・・・ 太宰治 「逆行」
・・・工科は数学が要るそうだからやめた。医科は死骸を解剖すると聞いたから断った。そして父の云うままに進まぬながら法科へはいって政治をやった。父は附け焼刃はせぬ/\と思いながら、ついに独り子に附け焼刃の政治科を修めさせた事になる。しかしこれは恐らく・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
出典:青空文庫