・・・ 一週間経ったある日、八十二歳の高齢で死んだという讃岐国某尼寺の尼僧のミイラが千日前楽天地の地下室で見世物に出されているのを、豹一は見に行った。女性の特徴たる乳房その他の痕跡歴然たり、教育の参考資料だという口上に惹きつけられ、歪んだ顔で・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ げんにその日も――丁度その日は生国魂神社の夏祭で、表通りをお渡御が通るらしく、枕太鼓の音や獅子舞の囃子の音が聴え、他所の子は皆一張羅の晴着を着せてもらい、お渡御を見に行ったり、お宮の境内の見世物を見に行ったり、しているのに、自分だけは・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・の事で、毎日大風が吹きすさび、雨戸が振動し障子の破れがハタハタ囁き、夜もよく眠れず、私は落ちつかぬ気持で一日一ぱい火燵にしがみついて、仕事はなんにも出来ず、腐りきっていたら、こんどは宿のすぐ前の空地に見世物小屋がかかってドンジャンドンジャン・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 雑魚寝のさいちゅうに血なんか吐いたら、いい見世物ですわよ。」 奥さまは眼をつぶったまま、しばらく考え、「里へ、いちど帰ります。ウメちゃんが留守番をしていて、お客さまにお宿をさせてやって下さい。あの方たちには、ゆっくりやすむお家が無・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ 発声映画 無声映画がようやく発達して、演技や見世物の代弁の地位を脱却し、固有の領域を設定しかけたときに、突然発声映画の器械が市場に現われた。それがためにようやく「雄弁」になりかけた無声映画は突然「おし」にされてしま・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それで、この映画の大蛇と虎のけんかはやはり人間の仕組んでやらせた見世物興行ではないかという気がしないでもない。しかしこの映画を見ている時には、そんな理屈などはどうでもよいほどに白熱的な興奮と緊張を感じさせられる。たとえ興行者のほうでは芝居の・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・それらの多くは科学の世界の表層に浮かぶ美しいシャボン玉を連ねた美しい詩であり、素人の好奇心を刺激するような文明の利器を陳列したおもしろい見世物ではあるが、科学の本質に対する世人の理解を深め、科学と人生との交渉の真に新しい可能性を暗示するよう・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そうしてさらにのぞきや大蛇の見世物を思い出すことが出来る。 三谷の渓間へ虎杖取りに行ったこともあった。薄暗い湿っぽい朽葉の匂のする茂みの奥に大きな虎杖を見付けて折取るときの喜びは都会の児等の夢にも知らない、田園の自然児にのみ許された幸福・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ そもそも私に向って、母親と乳母とが話す桃太郎や花咲爺の物語の外に、最初のロマンチズムを伝えてくれたものは、この大黒様の縁日に欠かさず出て来たカラクリの見世物と辻講釈の爺さんとであった。 二人は何処から出て来るのか無論私は知らない。・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・小屋掛の様子からどうしてもむかし縁日に出たロクロ首の見世物も同じらしく思われたので、わたくしは入らずにしまった。このエロス祭とよく似ていたのは日本館の隣の空地でやっていた見世物である。黒眼鏡をかけた女がその首だけを台の上に載せ、その身体は見・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫