・・・』 若子さんと私が異口同音に斯う云って、云合せた様に其処を去ろうとしますと、先刻入口の処で見掛けた彼の可哀相な女の人が、其処に来合せたのでした。私は憎い人と可愛い人が、其処に集ってる様な気がして居ました。『あらッ、プラットフォームに・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・「うん、眼玉が出しゃばって、嘴が細くて、ちょっと見掛けは偉そうだよ。しかし訳ないよ。」「ほんとう。」「大丈夫さ。しかしもちろん戦争のことだから、どういう張合でどんなことがあるかもわからない。そのときはおまえはね、おれとの約束はす・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・凡そ、食物の中で、滋養に富みそしておいしく、また見掛けも大へん立派なものは鶏です。鶏は実際食物中の王と呼ばれる通りです。今鶏の肉の成分の分析表をあげましょう。みなさん帳面へ書いて下さい。 蛋白質は十八ポイント五パアセント、脂肪は九ポイン・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・只見掛けたと云うだけのこの二人を取り押さえても、別に役に立ちそうではなく、又荒立てて亀蔵に江戸を逃げられてはならぬと思って、須磨右衛門は穏便に二人を立ち去らせた。 大阪で九郎右衛門が受け取ったのは、桜井から亀蔵の江戸にいることを知らせて・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ この時玄関で見掛けた、世話人らしい男の一人が、座敷の真ん中に据わって「一寸皆様に申し上げます」と冒頭を置いて、口上めいた挨拶をした。段々準備が手おくれになって済まないが、並の飯の方を好む人は、もう折詰の支度もしてあるから、別間の方へ来・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫