・・・ この巻の井伏さんの、ゆるやかな旅行見聞記みたいな作品をお読みになりながら、以上の私の注進も、読者はその胸のどこかの片隅に湛えておいて頂けたら、うれしい。 井伏さんと私と一緒に旅行したことのさまざまの思い出は、また、のちの巻の後記に・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・もともとあの役人の身の上も、全く私の病中の空想の所産で、実際の見聞で無いのは勿論であるが、次の短篇小説の主人公もまた、私の幻想の中の人物に過ぎない。 ……それは、全く幸福な、平和な家庭なんだ。主人公の名前を、かりに、津島修治、とでもして・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・半年程留守を明けて、変った事物を見聞して来るうちには、ドリスを忘れるだろうと云うのである。勿論漫遊だって、身分相応にするので、見て廻らなくてはならない箇所が頗る多い。墺匈国で領事の置いてある所では、必ず面会しなくてはならない。見聞した事は詳・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 自分は、実地を踏んで見るまでは、パリという都をただなんとなしに明るく陽気な所のように想像し、フランス人をのどかに朗らかな民族とばかり思っていたのに、ドイツからフランスへ移って見聞するうちに、この予想がことごとく裏切られた。パリの町はす・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・と言って恨む場合や、また先生と弟子との間には了解が成立しているのに頼まれもせぬ傍観者がこれを問題にして陰で盛んにその先生を非難し弟子をたきつけるといったような場合は、西洋でも東洋でもしばしば見聞する現象である。もっとも中には、実際に、単に素・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 二 雅楽 友人の紹介によって、始めて雅楽の演奏というものを見聞する機会を得た。 それは美しい秋晴の日であったが、ちょうど招魂社の祭礼か何かの当日で、牛込見附のあたりも人出が多く、何となしにうららかに賑わってい・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これに附帯しては、地震の破壊作用の結果として生ずる災害の直接あるいは間接な見聞によって得らるる雑多な非系統的な知識と、それに関する各自の利害の念慮や、社会的あるいは道徳的批判の構成等である。 地震の科学的研究に従事する学者でも前述のよう・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・ わたくしは甚散漫ながら以上の如く明治年間の上野公園について見聞する所を述べた。明治時代の都人は寛永寺の焼跡なる上野公園を以て春花秋月四時の風光を賞する勝地となし、或時はここに外国の貴賓を迎えて之を接待し、又折ある毎に勧業博覧会及其他の・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ ○ この夜吉原の深夜に見聞した事の中には、今なお忘れ得ぬものが少くなかった。 すみれという店は土間を間にしてその左右に畳が敷いてあるので、坐れもすれば腰をかけたままでも飲み食いができるようにしてあった。栄・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・その由って来るところを尋ねる時、少年のころ親しく見聞した社会一般の情勢を回顧しなければならない。即ち明治十年から二十二、三年に至る間の世のありさまである。この時代にあって、社会の上層に立っていたものは官吏である。官吏の中その勲功を誇っていた・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫