・・・――昨日あの看護婦は、戸沢さんが診察に来た時、わざわざ医者を茶の間へ呼んで、「先生、一体この患者はいつ頃まで持つ御見込みなんでしょう? もし長く持つようでしたら、私はお暇を頂きたいんですが。」と云った。看護婦は勿論医者のほかには、誰もいない・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・が、前借の見込みも絶え、父母兄弟とも喧嘩をした今は、――いや、今はそれどころではない。この紀元節に新調した十八円五十銭のシルク・ハットさえとうにもう彼の手を離れている。……… 保吉は人のこみ合ったプラットフォオムを歩きながら、光沢の美し・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・少しもしるしはない。見込みのあるものやら無いものやら、ただわくわくするのみである。こういううち、医者はどうして来ないかと叫ぶ。あおむけに寝かして心臓音を聞いてみた。素人ながらも、何ら生ある音を聞き得ない。水を吐いたかと聞けば、吐かないという・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ おれも始めから利助の奴は、女房にやさしい処があるから見込みがあると思っていた、博打をぶっても酒を飲んでもだ、女房の可愛い事を知ってる奴なら、いつか納まりがつくものだ、世の中に女房のいらねい人間許りは駄目なもんさ、白粉は三升許りも挽けた・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・様子ではどうせ見込みのない女だと思っていても、どこか心の一隅から吉弥を可愛がってやれという命令がくだるようだ。どうともなるようになれ、自分は、どんな難局に当っても、消えることはなく、かえってそれだけの経験を積むのだと、初めから焼け気味のある・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 医者は、ついに恢復の見込みがないと、見放しました。そのとき、主人は、この世を見捨ててゆかなければならぬのを、なげきましたばかりでなく、女は、夫に別れなければならぬのを、たいへんに悲しみました。「俺は、おまえを残して、独りあの世へゆ・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・嗤われながら、そこで三月、やがて自由党の壮士の群れに投じて、川上音次郎、伊藤痴遊等の演説行に加わり、各地を遍歴した……と、こう言うと、体裁は良いが、本当は巡業の人足に雇われたのであって、うだつの上がる見込みは諦めた方が早かったから、半年ばか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・……お前の気のすむように後の始末はどんなにもつけてやれるから、とても先きの見込みがないんだから別れてしまえと、それは毎日のように責められ通したのですけれど、私にはどうしてもこの子供たちと別れる決心がつかなかったのです。つまり私のばかというも・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで手離さないという返事である。なにしろ田地持ちが外米を買って露命をつながなければならないようなことはまことに「はなし」ならぬ話である。 昨年、私たちの地方では、水な・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・平気でねているのは、片脚を切断した福島と、どうせ癒る見込みがない腹膜炎の患者だけであった。 電燈がついてから、看護長が脇の下に帳簿をはさんで、にこ/\しながら這入って来た。その笑い方は、ぴりッとこっちの直観に触れるものがあった。看護長は・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫