・・・長十郎は掻巻の裾をしずかにまくって、忠利の足をさすりながら、忠利の顔をじっと見ると、忠利もじっと見返した。「長十郎お願いがござりまする」「なんじゃ」「ご病気はいかにもご重体のようにはお見受け申しまするが、神仏の加護良薬の功験で、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と父の顔を見返しながら秀麿は云ったが、傍で見ている奥さんには、その立派な洋服姿が、どうも先っき客の前で勤めていた時と変らないように、少しも寛いだ様子がないように思われて、それが気に掛かった。 子爵は息子がまだ何か云うだろうと思って、暫く・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 主人は記者の顔を、同じような目附で見返した。「そこへ行くと、君は罪が深い。酒と肉では満足しないのだから。」「うん。大した違いはないが、僕は今一つの肉を要求する。金も悪くはないが、その今一つの肉を得る手段に過ぎない。金その物に興味を・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫