・・・北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽っていた。早春とは云いながら、大・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・しかし、まだ、これを子細に視察してきたものがない。だれかを、人間のたくさん住んでいる街へやって、検べさせてみたいものだ。そして、よくよく人間が、不埓であったら、そのときは、復讐しよう……そうでないか?」と、ひのきの木はいいました。二・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・しかも納屋衆は殆ど皆、朝鮮、明、南海諸地との貿易を営み、大資本を運転して、勿論冒険的なるを厭わずに、手船を万里に派し、或は親しく渡航視察の事を敢てするなど、中々一ト通りで無い者共で無くては出来ぬことをする人物であるから、縦い富有の者で無い、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ひとの大いそがしの有様を、お役人の案内で「視察」するなどは、考え様に依っては、失礼な事とも思われます。私の知人が、いま三人ほど満洲に住んで大いそがしで働いて居ります。私は、その知人たちに逢い、一夜しみじみ酒を酌み合いたく、その為ばかりにでも・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・或る婦人団体の幹事さんたちが狐の襟巻をして、貧民窟の視察に行って問題を起した事があったでしょう? 気を附けなければいけません。小説に依ると戸田さんは、着る着物さえ無くて綿のはみ出たドテラ一枚きりなのです。そうして家の畳は破れて、新聞紙を部屋・・・ 太宰治 「恥」
・・・ 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・もっともアフリカ内地へでも行けば、今でも、うっかり国境へ入り込んで視察でもしていたというだけでもすぐ拘禁され、場合によると命があぶない所もあるかもしれない。 これらの事実の関係ははなはだ錯綜していて、考えても考えても、考えが隠れん坊をし・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・一七六〇年にシナ政府は三人のジェスュイトをこの地方へ視察に派遣したが目ざす地方には至るところ砂漠ばかりで求むる湖水はどうしても見つからなかった。一八七六―七七年プルジェワルスキーが探険した時にはこの湖水と思われるものが見つかったが、しかしそ・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・しかし英語だけの本城に生涯の尻を落ちつけるのみならず、櫓から首を出して天下の形勢を視察するほどの能力さえなきものが、いたずらに自尊の念と固陋の見を綯り合せたるごとき没分暁の鞭を振って学生を精根のつづく限りたたいたなら、見じめなのは学生である・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ 人事に関する文章はこの視察の表現である。したがって人事に関する文章の差違はこの視察の差違に帰着する。この視察の差違は視察の立場によって岐れてくる。するとこの立場が文章の差違を生ずる源になる。今の世に云う写生文家というものの文章はいかな・・・ 夏目漱石 「写生文」
出典:青空文庫