・・・今まで逢ったこともないこの男が、女のためには古い親友のように思われた。「この位稽古しましたら、そろそろ人間の猟をしに出掛けられますでしょうね」と、笑談のようにこの男に言ったら、この場合に適当だろうと、女は考えたが、手よりは声の方が余計に・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・しかし最も残念なのは、武田さんの無二の親友である藤沢さんであろう。新聞で武田さんの死を知った時、私は一番先きに想い出したのは藤沢さんのことであった。私は藤沢さんを訪ねるとか、手紙を出すかして、共に悲哀を分とうと思ったが、仕事にさまたげられた・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・今まで逢った事も無いこの男が、女のためには古い親友のように思われた。「この位稽古しましたら、そろそろ人間の猟をしに出掛けられますでしょうね。」と笑談のようにこの男に言ったらこの場合に適当ではないかしら、と女は考えたが、手よりは声の方が余・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・いまに親友の細君になるひとだ。私は少し親しげな、ぞんざいな言葉を遣って、「よろしく願います。」 姉さんたちは、いろいろと御馳走を運んで来る。上の姉さんには、五つくらいの男の子がまつわり附いている。下の姉さんには、三つくらいの女の子が、よ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・それは、私の訪問客ではなく、つねに私のふしだらの、真実の唯一の忠告者であるのだが、その親友は、また、私よりも、ずっとひどい貧乏で、洋服一着あるにはあるけれど、たいていかれの手許にはない。よそにあずけてあるのだ。私は三十円を持って、かの友人の・・・ 太宰治 「花燭」
・・・こう決心して、それからK氏――小林君の親友のK氏を大塚に訪問し、手紙を二三通借りて来たりして、やがて行田に行って、石島君を訪ねた。 石島君は忙しい身であるにかかわらず、私にいろいろな事を示してくれた。士族屋敷にも行けば、かれの住んでいた・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
今日七軒町まで用達しに出掛けた帰りに久し振りで根津の藍染町を通った。親友の黒田が先年まで下宿していた荒物屋の前を通った時、二階の欄干に青い汚れた毛布が干してあって、障子の少し開いた中に皺くちゃに吊した袴が見えていた。なんだ・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ 亮が後年までほとんど唯一の親友として許し合っていたM氏との交遊の跡も同じ帳面の絵からわかる。 中学時代からいっしょであったのが、高校の入学試験でM氏は通過し、亮は一年おくれた。その時M氏に贈った句に「登る露散る露秋の別れかな」とい・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・小説雁の一篇は一大学生が薄暮不忍池に浮んでいる雁に石を投じて之を殺し、夜になるのを待ち池に入って雁を捕えて逃走する事件と、主人公の親友が学業の卒るを待たずして独逸に遊学する談話とを以て局を結んでいる。今日不忍池の周囲は肩摩轂撃の地となったの・・・ 永井荷風 「上野」
・・・またかつて吟行の伴侶であった親友某君が突然病んで死んだ。それらのために、わたくしは今年昭和十一年の春、たまたま放水路に架せられた江北橋を渡るその日まで、指を屈すると実に二十有二年、一たびも曾遊の地を訪う機会がなかった。 ・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫