・・・丁度それは高等学校時分の事で、親友に米山保三郎という人があって、この人は夭折しましたが、この人が私に説諭しました。セント・ポールズのような家は我国にははやらない。下らない家を建てるより文学者になれといいました。当人が文学者になれといったのは・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・君と余とは中学時代以来の親友である、殊に今度は同じ悲を抱きながら、久し振りにて相見たのである、単にいつもの旧友に逢うという心持のみではなかった。しかるに手紙にては互に相慰め、慰められていながら、面と相向うては何の語も出ず、ただ軽く弔辞を交換・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・僕の心の中では固くその人物と握手をし、「私の愛する親友!」と云おうとして居る。然るにその瞬間、不意に例の反対衝動が起って来る。そして逆に、「この馬鹿野郎!」と罵る言葉が、不意に口をついて出て来るのである。しかもこの衝動は、避けがたく抑えるこ・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・臨終の枕頭の親友に彼は言った。「僕の病源は僕だけが知っている」 こう言って、切れ切れな言葉で彼は屍を食うのを見た一場を物語った。そして忌まわしい世に別れを告げてしまった。 その同じ時刻に、安岡が最期の息を吐き出す時に、旅行先で深・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・れて恰も第二の性を成し、男尊女卑の陋習に安んじて遂に悟ることを知らざるも固より其処なり、文明の新説を聞て釈然たらざるも怪しむに足らずと雖も、今の新日本国には自から新人の在るあり、我輩は此新人を友にして親友と共に事を与にせんとする者なれば、彼・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・その位の親友であった。ある日、授業が終ってこれから礼というとき、さっとドアがあいて、一年の先生が首をのぞけた。「もう授業すんだんでしょう?」「ええ」「じゃ、一寸御免なさい」 すっと教室へ入って来て、生徒の一人である乾物屋の娘・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・ 漱石のように生き、生涯を終った作家の周囲では、先輩の弟子たち、親友たちが、没後何とはなし家長的位置におかれる。伯林の国立銀行の広間の人ごみの間で、私は不図自分にそそがれている視線を感じ、振りかえってその方を見たら、そこにはまがうかたな・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ 今日の主人増田博士の周囲には大学時代からの親友が二三人、製造所の職員になっている少壮な理学士なんぞが居残って、燗の熱いのをと命じて、手あきの女中達大勢に取り巻かれて、暫く一夕の名残を惜んでいる。 花房という、今年卒業して製造所に這・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・小日向台町何丁目何番地に新築落成して横浜市より引き移りし株式業深淵某氏宅にては、二月十七日の晩に新宅祝として、友人を招き、宴会を催し、深更に及びし為め、一二名宿泊することとなりたるに、其一名にて主人の親友なる、芝区南佐久間町何丁目何番地住何・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・丁度親友の内情を人に打ち明けたくないのと、同じような関係らしく見えた。 そこで己は外の方角から、エルリングの事を探知しようとした。 己はその後中庭や畠で、エルリングが色々の為事をするのを見た。薪を割っている事もある。花壇を掘り返して・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫