・・・ 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」 今度はわたしが先くぐりをした。「活動写真ならばまだ好いが、メリイ・ゴ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・私が、曾て、ロシア人の話を聞いて、感奮した如く、もっとそれよりも、赤裸なる、悲痛な人生に直面して、限りない興奮を感じ、筆を剣にして戦わんとする、斯くの如き真実なる無産派の作家を私は、親愛の眼で眺めずにはいられないのであります。――十月十九日・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ 美の世界、正義の世界、親愛の世界、人類共楽の世界、それを眼に描かず、憧れず、また建設の誠実なき人々には、純真な童話の世界も、また決して、分かるものでない。 小供の勇気を見よ。冒険を信ぜよ。子供のすべてはロマンチシストであった。なん・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・自分の性質には何処かに人なつこいところがあって、自と人の親愛を受けるのかもしれない。 何れにせよ、自分の性質には思い切って人に逆らうことの出来る、ピンとしたところはないので、心では思っても行に出すことの出来ない場合が幾多もある。 あ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・されど、これはただその親愛し、尊敬し、もしくは信頼していた人をうしなった生存者にとって、いたましく、かなしいだけである。三魂・六魂一空に帰し、感覚も記憶もただちに消滅しさるべき死者その人にとっては、なんのいたみもかなしみも、あるべきはずはな・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・小泉君と先般逢ったが、相変らず元気、あの男の野性的親愛は、実に暖くて良い。あの男をもっと偉くしたい。私は明日からしばらく西津軽、北津軽両郡の凶作地を歩きます。今年の青森県農村のさまは全く悲惨そのもの。とても、まともには見られない生活が行列を・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と私は親愛の情をこめて呼んだ。「僕には、なんでも皆わかっているのだよ。さっき君が僕に風呂敷包みを投げつけて、逃げ出そうとした時、はっと皆わかってしまったのだ。君は、僕をだましたね。いや、責めるのじゃない。人を責めるなんて、むずかしい事だ。僕・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・その犬が、私を特に好んで、尾を振って親愛の情を表明してくるに及んでは、狼狽とも、無念とも、なんとも、いいようがない。あまりに犬の猛獣性を畏敬し、買いかぶり節度もなく媚笑を撒きちらして歩いたゆえ、犬は、かえって知己を得たものと誤解し、私を組み・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・損なり、そもそも老婆心の忠告とは古来、その心裡の卑猥陋醜なる者の最後に試みる牽制の武器にして、かの宇治川先陣、佐々木の囁きに徴してもその間の事情明々白々なり、いかにも汝は卑怯未練の老婆なり、殊にもわが親愛なる学生諸君を不良とは何事、義憤制す・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・その間に我が親愛なる税関吏は止みなくチューインガムをニチャニチャ噛みながら品物を丹念に引出し引っくら返しては帳面に記入するのであった。アメリカ人にしても特別に長い方に属するかと思われるこの税関吏の顔は、チューインガムを歯と歯の間に引延ばすア・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
出典:青空文庫