・・・「こないだも大ざらいがあって、義太夫を語ったら、熊谷の次郎直実というのを熊谷の太郎と言うて笑われたんだ――あ、あれがうちの芸著です、寝坊の親玉」 と、そとを指さしたので、僕もその方に向いた。いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・くる/\廻る親玉号は穂をあてがえば、籾が面白いほどさきからとび落ちた。そして籾は、発動機をかけた自動籾擂機に放りこまれて、殻が風に吹き飛ばされ、実は、受けられた桶の中へ、滝のように流れ落ちた。 おふくろが、昔、雨の日に、ぶん/\まわして・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・先ず親玉から子玉が生れ、その子玉から孫玉が出て、それからまた曾孫が出た。そしてその代の更り目には、赤や青の煙の塊が飛び出すのであった。しかしそれらの色のついた雲は、すぐに消え失せて、黒い煙だけが割に永くあとに残るようであった。 京橋の上・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・、高見順は説話体というものの親玉なり。それから「物慾」とか「情慾」とかそういう傾向の。高見順という作家は「毅然たる荒廃」を主張しているそうですが、バーや女給やデカダンスの中では毅然たるものが発生しにくいし他に生活はないし、背骨が立たぬから説・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・イツの軍人たちの傷けられた名誉心と結合させ、ドイツ民族の名誉恢復、復讐の期待というものを、不幸なドイツの人々の心にしみこませて行ったのが、第一次大戦のときに生れたドイツの軍需成金、科学・工業・鉱業界の親玉たちであった。そこへこの舞台にとって・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・と云う啖呵文を読売紙上に発表して、三上於菟吉と共に民間ファッショの親玉として名乗りを揚げた。これは却々興味ある一つの出来事だ。直木三十五は持前のきかん気から中間層のインテリゲンチャが、ファッショ化と共に人道主義的驚愕を示し然も自身では右へも・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・月々の生活費の大小はまちまちでも、その経費の親玉は家賃である。昨今の始末では、全く狐に穴あれども人の子に住居なしになるかと案ぜられる折から、厚生省が適正と見る家賃のわり出しだと、これまでよりあがって畳、一畳四、五円になるというのでは不安が迫・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・君の内の親玉なんぞは、秋晴とかなんとか云うのだろう。尤もセゾンはもう冬かも知れないが、過渡時代には、冬の日になったり、秋の日になったりするのだ。きょうはまだ秋だとして置くね。どこか底の方に、ぴりっとした冬の分子が潜んでいて、夕日が沈み掛かっ・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫