・・・「……でな、斯う云っちゃ失敬だがね、僕の観察した所ではだ、君の生活状態または精神状態――それはどっちにしても同じようなもんだがね、余程不統一を来して居るようだがね、それは君、統一せんと不可んぞ……。精神統一を練習し給え。練習が少し積んで・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・う寂しい女達の群れのことであって、それらの人達はみな単なる生活の必要というだけではなしに、夫に死に別れたとか年が寄って養い手がないとか、どこかにそうした人生の不幸を烙印されている人達であることを吉田は観察していたのであるが、あるいはこの女も・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・鎌倉の五年間に彼は当時鎌倉に新しく、時を得て流行していた禅宗と浄土宗との教義と実践とを探求し、また鎌倉の政治の実情を観察した。彼の犀利の眼光はこのときすでに禅宗の遁世と、浄土の俗悪との弊を見ぬき、鎌倉の権力政治の害毒を洞察していた。二十・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・向うに持っている兵器や、兵士の性質を観察した。そして、次の襲撃方法の参考とした。 中隊長は、それをチャンと知っていた。しかし、パルチザンと百姓とは、同じ服装をしていれば、見分けがつかなかった。「逃げて行くパルチザンなんど、面倒くさい・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 馬琴時代を歴史の眼を仮りて観察しますれば、儒教即ち孔孟の教えは社会に大勢力を持って居りましたのです。で、八犬士でも為朝でも朝比奈でも皆儒教の色を帯びて居ります。仏教の三世因果の教えも社会に深く浸潤して居りました。で、八犬士でも為朝でも・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
五月が来た。測候所の技手なぞをして居るものは誰しも同じ思であろうが、殊に自分はこの五月を堪えがたく思う。其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追わ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・背後の男の、貪婪な観察の眼をお忘れなさらぬようにして、ゆっくり読んでみて下さい。 女学生が最初に打った。自分の技倆に信用を置いて相談に乗ったのだと云う風で、落ち着いてゆっくり発射した。弾丸は女房の立っている側の白樺の幹をかすって力が無く・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・段々鋭くなった目で観察もする。 しかし一つの恐怖心が次第に増長する。それは不意に我身の上に授けられた、夢物語めいた幸福が、遠からず消え失せてしまって、跡には銀行のいてもいなくても好い小役人が残ると云うことである。少くも半年間は、いてもい・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・その日はそこでご馳走になって、種々と小林君の話を聞き、また一面萩原君の性情をも観察した。 女たちのほうの観察をもう少ししたいと思ったけれど、どうもそのほうは誰も遠慮して話してくれない。それに、その女たちにも会う機会がない。遺憾だとは思っ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・いわゆる案内記の無味乾燥なのに反してすぐれた文学者の自由な紀行文やあるいは鋭い科学者のまとまらない観察記は、それがいかに狭い範囲の題材に限られていても、その中に躍動している生きた体験から流露するあるものは、直接に読者の胸にしみ込む、そしてた・・・ 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫