・・・ それは三、四年前に、マローの『ファウスト』とかスペンサーの或る作とかを頻りに耽読していられた事から見ても解るであろう。 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・「ばか言え、お前なぞに何が解る……」彼は平気を装ってこう言っているが、やはり心の中は咎められた。…… 下の谷間に朝霧が漂うて、アカシアがまだ対の葉を俯せて睡っている、――そうした朝早く、不眠に悩まされた彼は、早起きの子供らを伴れて、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 心の弱い者が悪事を働いた時の常として、何かの言訳を自分が作らねば承知の出来ないが如く、自分は右の遺失た人の住所姓名が解るや直ぐと見事な言訳を自分で作って、そして殆ど一道の光明を得たかのように喜こんだ。 一先拝借! 一先拝借して自分・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ お源はこれを自分の宅で聞いていて、くすくすと独で笑いながら、「真実に能く物の解る旦那だよ。第一あんな心持の優い人ったらめったに有りや仕ない。彼家じゃ奥様も好い方だし御隠居様も小まめにちょこまかなさるが人柄は極く好い方だし、お清様は出戻・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・そして声音で明らかに一人は大津定二郎一人は友人某、一人は黒田の番頭ということが解る。富岡老人も細川繁も思わず聞耳を立てた。三人は大声で笑い興じながらちょうど二人の対岸まで来た二人の此処に蹲居んでいることは無論気がつかない。「だって貴様は・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・それが鎌倉時代の道も開けぬ時代に、鎌倉から身延を志して隠れるということがすでに尋常一様な人には出来るものでないことは一度身延詣でしてみれば直ちに解るのである。 ことには冬季の寒冷は恐るべきものがあったに相違ない。 雪が一丈も、二丈も・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
ガラーリ 格子の開く音がした。茶の間に居た細君は、誰かしらんと思ったらしく、つと立上って物の隙からちょっと窺ったが、それがいつも今頃帰るはずの夫だったと解ると、すぐとそのままに出て、「お帰りなさいまし。」と、ぞ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・「お父さま――お前さまの心持は、この俺にはよく解るぞなし。俺もお前さまの娘だ。お前さまに幼少な時分から教えられたことを忘れないばかりに――俺もこんなところへ来た」 おげんはそこに父でも居るようにして、独りでかき口説いた。狂死した父を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・『富嶽の詩神を懐ふ』という一篇なぞは、矢張り、『蓬莱曲』の後に書いたものだが、よく読んで見ると、作と作との相連絡している処が解るように思う。一体北村君の書いたものは、死ぬ三四年前あたりから、急に光って来たような処があって、一呼吸にああいう処・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ。どうしても、解らぬならば、だまっていろ。むやみに座談会なんかに出て、恥をさらすな。無学のくせに、カンだの何だの頼りにもクソにもならないものだけに、すがって、十年一日の如く、ひと・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫