・・・そんなことは解るはずがないのに、夢のような記憶では、それがそうであったことになっているのである。当時の露国海軍のブルータルな勢力の圧迫が若い頭に何かしら強い印銘を与えていたかもしれない。 時津の宿で何とかいう珍しい貝の吸物を喰わされた。・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・高等学校生徒の余などに解るはずは無論ない。それを何故先生が読んで聞かせたのかというと、詳しい理由は今思い出せないが、何でも希臘の文学を推称した揚句の事ではなかったかと思う。とにかく先生はそういう性質の人なのである。 先生の作った「日本に・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・演説でも英吉利人が解るものならば日本人が字引を引いて解らないことはないはずである。が、実際解らない本です。その解らない物を教えた時に丁度速水君が生徒だったから、偉くない偉くないという考えが何時までも退かないのかも知れません。それでその後英語・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・の中には、ニイチェが非常に著るしく現れて居り、死を直前に凝視してゐたこの作者が、如何に深くニイチェに傾倒して居たかがよく解る。 西洋の詩人や文学者に、あれほど広く大きな影響をあたへたニイチェが、日本ではただ一人、それも死前の僅かな時期に・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・されば意の未だ唱歌に見われぬ前には宇宙間の森羅万象の中にあるには相違なけれど、或は偶然の形に妨げられ或は他の意と混淆しありて容易には解るものにあらず。斯程解らぬ無形の意を只一の感動に由って感得し、之に唱歌といえる形を付して尋常の人にも容易に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・よし自分の頭には解っていても、それを口にし文にする時にはどうしても間違って来る、真実の事はなかなか出ない、髣髴として解るのは、各自の一生涯を見たらばその上に幾らか現われて来るので、小説の上じゃ到底偽ッぱちより外書けん、と斯う頭から極めて掛っ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・勿論お母様に御話しすれば、直ぐすべては、はっきり解るようになるでしょう。けれども、先に申した通り政子さんは、芳子さんの御両親のお世話に成っている人です。それですから、若し何か政子さんが思い違いしていた事が分ってひどくお小言でも戴くと、只さえ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・主人と犬との間にひとりでに生じる感情の疎通で、いつとなく互に要求が解るだけでよい。故意と仕込むのは、植木に盆栽と云う変種を作って悦ぶ人間のわるい小細工としか思われない。世にも胸のわるいのは、欧州婦人がおもちゃにする、小さな、ひよわい、骸骨に・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・そういう人間がどこにいるかは、彼の同志になるか、または専門の刑事にでもならなければ解るものでない。反対に人間の数は少なくとも、著しく目につくものがある。自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・それは先生が藤岡東圃の子供をなくしたのに同情して、自分が子供をなくした経験を書いていられる文章を見ても解る。哲学者で宇宙の真理を考えているのだから、子供をなくした悲しみぐらいはなんでもなく超越できるというのではないのだ。実に人間的に率直に悲・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫