・・・ 石田はそのなかに一つの窓が、寝台を取り囲んで数人の人が立っている情景を解放しているのに眼が惹かれた。こんな晩に手術でもしているのだろうかと思った。しかしその人達はそれらしく動きまわる気配もなく依然として寝台のぐるりに凝立していた。・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 喬は自分が解放されるのを感じた。そして、「いつもここへは登ることに極めよう」と思った。 五位が鳴いて通った。煤黒い猫が屋根を歩いていた。喬は足もとに闌れた秋草の鉢を見た。 女は博多から来たのだと言った。その京都言葉に変な訛・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・婦人を本当に解放するということは、家庭から職業戦線へ解放することではなくて、職業戦線から解放して家庭へ帰らせることだ。 しかし現状では夫婦共稼ぎもやむを得ない。が、この際夫としてはなるべく妻を共稼ぎさせないようにするのが夫婦愛であり男の・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 最近の人間学的な倫理学の方向が、この社会幸福主義を性質的に高め、浄化させんがために、一方では人格主義の、いわゆる人格の意味を、個人主義的な桎梏から解放して、これは社会的人間に鋳直すことにより、人格主義と社会幸福主義とを、本質的に止揚し・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・では、彼等を貧乏から解放してくれるものは何であるか。──彼等には、まだそれが分っていない。分っている者もないことはない。しかし、大部分の百姓に、それがまだ分っていない。 俺達は、何故貧乏するか。 どうすれば、俺達は、貧乏から解放され・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・とか、農村を都市に対立させて、農民は、農民独自の力によって解放され得るが如く考えている無政府主義的な単農主義者等の立場とは、最初の出発からその方向を異にしていた。農民生活を題材としても、その文学のねらう、主要なポイントは、プロレタリア文学が・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・主人はもっと早く引退ってもよかったと思っていたらしく、客もまたあるいはそうなのか、細君が去ってしまうとかえって二人は解放されたような様子になった。「君のところへ呼びに行きはしなかったかネ。もしそうだったら勘弁してくれたまえ。」「ム。・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・だから、プロレタリアの解放のために仕事をやって行こうとするお前たちのことが分るのだが、何んだか自分の楽しい未来のもくろみが、そのためにガタ/\と崩されて行くのを見ていることが出来ないのだよ。こんな気持をもっているから、警察ではお前の母は一番・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・そして、相手の正直なことを褒める印に、そのまま解放してやりました。 二 しかし、ディオニシアスについて伝えられているお話の中で、一ばん人を感動させるのは、怖らくピシアスとデイモンとのお話でしょう。 この二人は・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・お手本から完全に解放せられて二十世紀の自然から堂々と湧出する芸術。それは必ず実現せられる。そうして自分は、その新しい芸術が、世界のどこの国よりも、この日本の国に於いて、最も美事に開花するのだと信じている。君たちと、君たちの後輩が、それを創る・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫