・・・なるほど素人目にも、この二三日の容体はさすがに気遣われたのであるが、日ごろ腎臓病なるものは必ず全治するものと妄信していたお光の、このゆゆしげな医者の言い草に、思わず色を変えて太胸を突いた。「まあ! じゃその尿毒性とやらになりますと、もう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そりゃそうでしょうね、やはり脚色しないと小説にはならないでしょう、しかし、吉屋信子なんか男の経験があるんでしょうな、なかなかきわどい所まで書いていますからね――と、これが髭を生やした大学の文科の教授の言い草であるから、恐れ入らざるを得ない。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・『イヤこれは驚いた、そんなら早い話がお絹さんお常さんどちらでもよい、吉さんのところへ押しかけるとしたらどんな者だろう』と、神主の忰の若旦那と言わるるだけに無遠慮なる言い草、お絹は何と聞きしか『そんならわたしが押しかけて行こうか、吉さ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・その絵をくれないかと言いだした。その言い草がおもしろいじゃアないか、こういうんだ、今度代々木の八幡宮が改築になったからそれへ奉納したいというんだ。それから老爺しきりと八幡の新築の立派なことなんかしゃべっているから、僕は聴きながら考えた、この・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・六兵衛の言い草が面白いではないか「お露を妻に持なせえ」「持っても可いなあ」「持ても可えなんチュウことは言わさん、あれほど可愛いがっておって未だ文句が有るのか」「全くあの女は可愛いよ、何故こう可愛いだろう、ハハハハ……」「・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・道理はあるが、あの徳の言い草が本気でない。真実彼奴はそう信じて言うわけじゃない。あれは当世流の理屈で、だれも言うたと、言わば口前だ。徳の本心はやっぱりわしを引っぱり出して五円でも十円でもかせがそうとするのだ、その証拠には、せんだってごろまで・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・あの子供らのよく遊びに行った島津山の上から、芝麻布方面に連なり続く人家の屋根を望んだ時のかつての自分の心持ちをも思い合わせ、私はそういう自分自身の立つ位置さえもが――あの芸術家の言い草ではないが、いつのまにか墓地のような気のして来たことを胸・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・といったような言い草があったようであるが、これは進化論以前のものである。植物でも少しいじめないと花実をつけないものが多いし、ぞうり虫パラメキウムなどでもあまり天下泰平だと分裂生殖が終息して死滅するが、汽車にでものせて少しゆさぶってやると復活・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・諧謔で相手の言い草をひっくり返すというような機鋒はなかなか鋭かったが、しかし相手の痛いところへ突き込んで行くというような、辛辣なところは少しもなかった。むしろ相手の心持ちをいたわり、痛いところを避けるような心づかいを、行き届いてする人であっ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫