・・・いろいろと考え、種々に悶いてみたが校長は遂にその夜富岡を訪問ことが出来なかった。 それから三日目の夕暮、倉蔵が真面目な顔をして校長の宅へ来て、梅子からの手紙を細川の手に渡した、細川が喫驚して目を円くして倉蔵の顔を見ているうちに彼は挨拶も・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
絶望 文造は約束どおり、その晩は訪問しないで、次の日の昼時分まで待った。そして彼女を訪ねた。 懇親の間柄とて案内もなく客間に通って見ると綾子と春子とがいるばかりであった。文造はこの二人の頭をさすって、姉さんの病気は少しは快く・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ お客さんというのは溺死者のことを申しますので、それは漁やなんかに出る者は時はそういう訪問者に出会いますから申出した言葉です。今の場合、それと見定めましたから、何も嬉しくもないことゆえ、「お客さんじゃねえか」と、「放してしまえ」と言わぬ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・高瀬はしばらく士族地への訪問も怠っていた。しかしその日は塾の同僚を訪うよりも、足の向くままに、好きな田圃道を歩き廻ろうとした。午後に、彼は家を出た。 岩と岩の間を流れ落ちる谷川は到るところにあった。何度歩いても飽きない道を通って、赤坂裏・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・はそれから毎年のように訪ねて来たが、麻生の方で冬籠りするように成ってからは一層この訪問者を見直すようになった。「冬」で思出す。かつて信濃で逢った「冬」は私に取って一番親しみが深い。毎年五ヵ月の長い間も私は「冬」と一緒に暮らした。けれどもあの・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・と書かれていて、訪問客は、みんな大笑いして、兄もにやにや笑っていましたが、それは、れいの兄のミステフィカシオンでは無く、本心からのものだったのでしょうけれど、いつも、みんなを、かつぐものだから、訪問客たちも、ただ笑って、兄のいのちを懸念しよ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・昨年の春であったか、私は山田勇吉君の訪問を受けた。 山田勇吉君という人は、そのころ丸の内の或る保険会社に勤めていたようである。やはり私たちと大学が同期であって、誰よりも気が弱く、私たちはいつもこの人の煙草ばかりを吸っていた。そうしてこの・・・ 太宰治 「佳日」
・・・言語挙動も役相応に見られるようになった。訪問すべき人を訪問して、滞留日数に応じて何本と極めてある手紙を出した跡は、自分の勝手な楽もする。段々鋭くなった目で観察もする。 しかし一つの恐怖心が次第に増長する。それは不意に我身の上に授けられた・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ この家を訪問してから、『田舎教師』における私の計画は、やや秩序正しい形を取って来た。日記に書いてあることがすべてはっきりと私の眼に映って見えた。で、さらに行田から弥勒に行く道、かれの毎日通った路を歩いてみることにした。 私はいろい・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・の一場面を撮るためにいかに多くのフィルムをむだにしているかは、エゴン・エルウィン・ウィッシュの訪問記を一見しても想像されるであろう。 このようにして行なわれる選択的截断は言うまでもなく次に来るところの編集のための截断であり、構成のための・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫