・・・――昨日あの看護婦は、戸沢さんが診察に来た時、わざわざ医者を茶の間へ呼んで、「先生、一体この患者はいつ頃まで持つ御見込みなんでしょう? もし長く持つようでしたら、私はお暇を頂きたいんですが。」と云った。看護婦は勿論医者のほかには、誰もいない・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ チャックは一日に二三度は必ず僕を診察にきました。また三日に一度ぐらいは僕の最初に見かけた河童、――バッグという漁夫も尋ねてきました。河童は我々人間が河童のことを知っているよりもはるかに人間のことを知っています。それは我々人間が河童を捕・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ Sさんは午前に一度、日の暮に一度診察に見えた。日の暮には多加志の洗腸をした。多加志は洗腸されながら、まじまじ電燈の火を眺めていた。洗腸の液はしばらくすると、淡黒い粘液をさらい出した。自分は病を見たように感じた。「どうでしょう? 先生」・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・しつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度という恐ろしい熱を出してどっと床についた時の驚きもさる事ではあるが、診察に来てくれた二人の医師が口を揃えて、・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・医師のお父さんが、診察をしたばかりで、薮だからどうにも出来ない。あくる朝なくなりました。きらずに煮込んだ剥身は、小指を食切るほどの勢で、私も二つ三つおすそわけに預るし、皆も食べたんですから、看板のしこのせいです。幾月ぶりかの、お魚だから、大・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・冷然たる医者は一、二語簡単な挨拶をしながら診察にかかった。しかし診察は無造作であった。聴診器を三、四か所胸にあてがってみた後、瞳を見、眼瞼を見、それから形ばかりに人工呼吸を試み注射をした。肛門を見て、死後三十分くらいを経過しているという。こ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・井上眼科病院で診察してもらったら、一、二箇月入院して見なければ、直るか直らないかを判定しにくいと言ったとか。 かの女は黒い眼鏡を填めた。 僕は女優問題については何も言わなかった。 十二、三歳の女の子がそとから帰って来て、「姉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・丁度大学病院の外来患者の診察札を争うような騒ぎであったそうだ。 淡島屋の軽焼の袋の裏には次の報条が摺込んであった。余り名文ではないが、淡島軽焼の売れた所以がほぼ解るから、当時の広告文の見本かたがた全文を掲げる。私店けし入軽焼の義・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、答えてB医師は、自ら老人を抱えて、診察室のベッドの上に横たえて、やわらかなふとんをかけてやりました。「先生、この人は、助かりましょうか。」と、老人をつれてきた近所の人たちが、ききました。「わかりません。なにしろ極度に疲れています・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ 二三日来急に容体の変って来た新造の病気を診察した後で、医者は二階から下りてこうお光に言ったのである。なるほど素人目にも、この二三日の容体はさすがに気遣われたのであるが、日ごろ腎臓病なるものは必ず全治するものと妄信していたお光の、このゆ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫