・・・ 結婚詐欺。唐突にそんなひどい言葉も思い出され、あの人を追いかけて行って、ぶってやりたく思いました。ばかですわね。はじめから、それが承知であの人のところへまいりましたのに、いま急に、あの人が、最初でないこと、たまらぬ程にくやしく、うらめしく・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ 詐欺師や香具師の品玉やテクニックには『永代蔵』に狼の黒焼や閻魔鳥や便覧坊があり、対馬行の煙草の話では不正な輸出商の奸策を喝破しているなど現代と比べてもなかなか面白い。『胸算用』には「仕かけ山伏」が「祈り最中に御幣ゆるぎ出、ともし火かす・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・盗難や詐欺にかかった被害者の女師匠などが、加害者でもなんでもない赤の他人の立派なお役人を、どうでもそうだと言い張る場合などがそれである。 突発した事件の目撃者から、その直後に聞き取ったいわゆる証言でも大半は間違っている。これは実験心理学・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・これではまるで詐欺師であるが、これはおそらく彼の敵のいいふらした作り事であろう。 ピタゴラス派の哲学というものはあるが、ピタゴラスという哲学者は実は架空の人物だとの説もあるそうで、いよいよ心細くなる次第であるが、しかしこのピタゴラスと豆・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・まるで詐欺だ」「だって叔父さん、僕は病気なんかに、まだかかりゃしませんよ」と重吉が割り込むように弁解したので、自分はまたおかしくなった。「そんなことがひとにわかるもんか」「いえ、まったくです」「とにかく遊ぶのがすでに条件違反・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・もしここの亭主が詐欺師であって我輩を置き去りにして荷物だけ取って行ったとすれば我輩はアンポンタンの骨頂でさぞかし人に笑われるだろうと気がついた。やがて門の戸のあく音がする。帰ったらしい。まずアンポンタンにならずにすんだ。ありがたいと寝る。・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなけれ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ニイチェは如何にその師匠に叛逆し、昔の先生を「老いたる詐欺師」と罵つたところで、結局やはりショーペンハウエルの変貌した弟子にすぎない。彼はショーペンハウエルが揚棄した意志を、他の一端で止揚したまでである。あの小さな狡猾さうな眼をした、梟のや・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・合に限り離婚の訴を提起することを得と記して、一 配偶者カ重婚ヲ為シタルトキ二 妻カ姦通ヲ為シタルトキ三 夫カ姦淫罪ニ因リテ刑ニ処セラレタルトキ四 配偶者カ偽造、賄賂、猥褻、窃盗、強盗、詐欺取財、受寄物費消、贓物ニ関スル罪若ク・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・のみならず、読者に対してはどうかと云うに、これまた相済まぬ訳である……所謂羊頭を掲げて狗肉を売るに類する所業、厳しくいえば詐欺である。 之は甚い進退維谷だ。実際的と理想的との衝突だ。で、そのジレンマを頭で解く事は出来ぬが、併し一方生活上・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫