・・・しかしそれらの基礎附けも、深く考えれば考えるほど、かつてデカルトが試みた如く自覚からでなければならない。 哲学の問題は、如何にして純粋数学、純粋物理学が可能なるかというに始まるのでもなく、単に知識がある、知識は如何にしてというに始まるの・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・そうした時、試みに窓から外を眺めて見給え。いつも見慣れた途中の駅や風景やが、すっかり珍しく変ってしまって、記憶の一片さえも浮ばないほど、全く別のちがった世界に見えるだろう。だが最後に到着し、いつものプラットホームに降りた時、始めて諸君は夢か・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・そしてそれが彼女の望み少い生命にとっての最後の試みであるだろうと思っていた。一筋の藁だと思っていた。 可哀想に此女は不幸の重荷でへしつぶされてしまったんだ。もう希望を持つことさえも怖しくなったんだろう。と私は思った。 世の中の総てを・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・私もしばしば試みたけれども、十数回のうちで、たった一度しか成功しなかった。 響灘は玄海灘とつづいているが、白島付近は魚と貝類の宝庫だ。そこへ二、三年前、一月の寒い風に吹かれながら、ソコブク釣りに出かけた。河豚のおいしいのは十二月から一月・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・ また試みに見よ、今の西洋諸国は果して至文至明の徳化にあまねくして、その人民は皇々如として王者の民の如くなるか。我が人民の智力学芸に欠点あるも、よくこれを容れてその釁に切込むことなく、永く対立の交際をなして、これに甘んずる者か。余輩断じ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・されども歌人皆頑陋褊狭にして古習を破るあたわず、古人の用い来りし普通の材料題目の中にてやや変化を試みしのみ。曙覧、徳川時代の最後に出でて、始めて濶眼を開き、なるべく多くの新材料、新題目を取りて歌に入れたる達見は、趣味を千年の昔に求めてこれを・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・かつてウラジヴォストクからコルチャック軍と一緒にプロレタリアートのソヴェト・ロシア揉潰しを試みて成功しなかった日本帝国主義軍、自覚のない、動員された日本プロレタリアートの息子たちが出入りした。次に、利権やとゲイシャと料理屋のオカミがウラジヴ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ かれは弁解を試みたが、卓の人はみんな笑った。 かれはその食事をも終わることができなく、嘲笑一時に起こりし間を立ち去った。 かれは恥じて怒って呼吸もふさがらんばかりに痛憤して、気も心もかきむしられて家に帰った。元来を言えばかれは・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・即ち新文学士の諸先生がそれである。試みに帝大文学の初の数十冊を始として、同時に出た博文館の太陽以下の諸雑誌、東京の諸新聞を見たならば、鴎外と云う名に幾条の箭が中っているかが知れるだろう。鴎外という名はこの乱軍の間に聞こえなくなった。鴎外漁史・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・そうしてそのトリックの斬新が「新しい試み」として通用するのである。 目先の変更を必要としないほどに落ちついた大家は、自己の様式の内で何らか「新しい試み」をやる。主として画題選択の斬新であるが、時には珍しい形象の取り合わせ、あるいは人の意・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫