・・・少なくとも僕の知恵は今よりも進んでいたかわりに、僕の心はヲーズヲース一巻より高遠にして清新なる詩想を受用しうることができなかっただろうと信ずる。 僕は野山を駆け暮らして、わが幸福なる七年を送った。叔父の家は丘のふもとにあり、近郊には樹林・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・かの地において自分は教師というよりもむしろ生徒であった、ウォーズウォルスの詩想に導かれて自然を学ぶところの生徒であった。なるほど七年は経過した。しかし自分の眼底にはかの地の山岳、河流、渓谷、緑野、森林ことごとく鮮明に残っていて、わが故郷の風・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・彼がこの文章の形式を選んだのは、一つには彼の肉体が病弱で、体系を有する大論文を書くに適しなかつた為もあらうが、実にはこの形式の表現が、彼のユニイクな直覚的の詩想や哲学と適応して居り、それが唯一最善の方法であつたからである。アフォリズムとは、・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 併し乍ら、元来文章の形は自ら其の人の詩想に依って異なるので、ツルゲーネフにはツルゲーネフの文体があり、トルストイにはトルストイの文体がある。其の他凡そ一家をなせる者には各独特の文体がある。この事は日本でも支那でも同じことで、文体は其の・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・漢書は蕪村の愛読せしところ、その詩を解すること深く、芭蕉がきわめておぼろに杜甫の詩想を認めしとは異なりしなるべし。 絵画の上よりいうも蕪村は衰運の極に生まれて盛んならんとして歿せしなり。蕪村はみずから画を造りしこと多く、南宗の画家として・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 永瀬さんが益々詩想をすこやかにゆたかにして、時流の観念化に押しながされず、安易な象徴にかがまず「糸針抄」の精神の輝きをいよいよ増して製作されることを祈っている。〔一九四〇年十月〕 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
出典:青空文庫