・・・おはまは二人の前にひれふしてひたすらに詫びる。「わたしはこんなことをするつもりではなかったのであります、思わず識らずこんな不束なまねをして、まことに申しわけがありません。おとよさんどうぞ気を悪くしないでください」というのである、おは・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 学士は上り框のところへ手をついて、正直な、心の好さそうな調子で、詫びるように言った。 体操の教師は磊落に笑出した。学士の肩へ手を掛けて、助けて行こうという心づかいを見せたが、その人も大分上機嫌で居た。 よろよろした足許で、復た・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・村のマルタ奴の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏の壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入って来て、だしぬけに、その油をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、それでも、その失礼を詫びるどころか、落ちついてしゃがみ、マリ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・けれども、この小暴君は、詫びるという法を知らなかった。詫びるというのは、むしろ大いに卑怯な事だと思っていたようである。自分で失敗をやらかす度毎に、かえって、やたらに怒るのである。そうして、怒られる役は、いつでも節子だ。 或る日、勝治は、・・・ 太宰治 「花火」
・・・我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依する時、後悔の念は転じて懺悔の念となり、心は重荷を卸した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、ま・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・と、吉里は詫びるように頼むように幾たびとなく繰り返す。 西宮はうつむいて眼を閉ッて、じッと考えている。 吉里はその顔を覗き込んで、「よござんすか。ねえ兄さん、よござんすか。私ゃ兄さんでも来て下さらなきゃア……」と、また泣き声になッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 高田は栖方を紹介した責任を感じて詫びる風に、梶について掲っては来なかった。梶も、ともすると沈もうとする自分が怪しまれて来るのだった。「だって君、あの青年は狂人に見えるよ。またそうかも知れないが、とにかく、もし狂人に見えなかったなら・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫