・・・要するに厭世的なるかかる詭弁的精神の傾向は破壊的なるロマンチズムの主張から生じた一種の病弊である事は、彼自身もよく承知しているのである。承知していながら、決して改悛する必要がないと思うほど、この病弊を芸術的に崇拝しているのである。されば賤業・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・一人の人間として、芸術家として、資本主義社会での現実の考えかた、観かたはいつも真に透徹した明晰さをかいていて、どこかに真実を歪めたりかくしたりする偽瞞をもっていること、詭弁から解放され得ないことを、ソヴェトのそとのヨーロッパ諸国の生活のあら・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・絵にかいたらば妖怪のような理性の逆立ちした思惟や、勇気の欠けていることをおおいかくすための詭弁や、――それは人間の愚劣さをあらわすものとしてわたしたちの周囲にあふれている。解放したい「自我」を詭弁の足かせでしばりつけることは、あまり悲しいこ・・・ 宮本百合子 「自我の足かせ」
・・・収賄の内容が味噌、醤油から洋服、食糧にいたるとき、どんな詭弁を弄しても、妻であり主婦である人が、それを知らなかったとはいえない。 役得という観念は、妻たちの満足感であったろう。社会的地位の高い証拠の不自由なさと、得意であったかもしれない・・・ 宮本百合子 「妻の道義」
・・・彼を生き難くさせたのは、彼が理性と真実とについて抱いていた観念の内容と構成とが、権力の動員した、権謀の詭弁との格闘に堪えなかったからでありました。 四月二十三日の週刊朝日「菅証人はなぜ自殺したか」という記事は、特別調査委員会における・・・ 宮本百合子 「若き僚友に」
・・・これが先ず感覚の或る一つの特長だと煽動してもさして人々を誘惑するに適当した詭弁的独断のみとは云えなかろう。もしこれを疑うものがあれば、現下の文壇を一例とするのが最も便利な方法である。自分は昨年の十月に月評を引き受けてやってみた。すると、或る・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫