・・・然れども世界に誇るべき二千年来の家族主義は土崩瓦解するを免れざるなり。語に曰、其罪を悪んで其人を悪まずと。吾人は素より忍野氏に酷ならんとするものにあらざるなり。然れども軽忽に発狂したる罪は鼓を鳴らして責めざるべからず。否、忍野氏の罪のみなら・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 又 民衆の愚を発見するのは必ずしも誇るに足ることではない。が、我我自身も亦民衆であることを発見するのは兎も角も誇るに足ることである。 又 古人は民衆を愚にすることを治国の大道に数えていた。丁度まだこ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・』艱難の多いのに誇る心も、やはり邪業には違いあるまい。その心さえ除いてしまえば、この粟散辺土の中にも、おれほどの苦を受けているものは、恒河沙の数より多いかも知れぬ。いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流されずとも、皆おれと同じように、・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・である事を恃み、かつ誇るべきである。そうして、最も性急ならざる心を以て、出来るだけ早く自己の生活その物を改善し、統一し徹底すべきところの努力に従うべきである。 我々日本人が、最近四十年間の新らしい経験から惹き起されたところの反省は、あら・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・粛なる理性の判断から回避している卑怯者、劣敗者の心を筆にし口にしてわずかに慰めている臆病者、暇ある時に玩具を弄ぶような心をもって詩を書きかつ読むいわゆる愛詩家、および自己の神経組織の不健全なことを心に誇る偽患者、ないしはそれらの模倣者等、す・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・遊ぶの風を奨励されたのが、大なる原因をなしたに相違ない、勿論それに伴う弊害もあったろうけれど、所謂侍なるものが品位を平時に保つを得た、有力な方便たりしは疑を要せぬ、今の社会問題攻究者等が、外国人に誇るべき日本の美術品と云えば、直ぐ茶器を・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・六 駿馬痴漢を乗せて走るというが、それにしてもアノ美貌を誇る孔雀夫人が択りに択って面胞面の不男を対手にするとは余り物好き過ぎる。尤も一と頃倫敦の社交夫人間にカメレオンを鍾愛する流行があったというが、カメレオンの名代ならYにも・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これに対して国の大なるはけっして誇るに足りません。富は有利化されたるエネルギーであります。しかしてエネルギーは太陽の光線にもあります。海の波濤にもあります。吹く風にもあります。噴火する火山にもあります。もしこれを利用するを得ますればこれらは・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 然るにこのナチュラルな気持、デリケートな気持と云うものを感じなくて、すべてのものを心から感ずると云うことを嫌い、何物の刺戟にも感じないと云うのを誇るのを称して、近代的特色と云うならば、実に滑稽と云うの外はない。それは、形式に囚われたの・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 娘は娘で軍人を情夫に持つことは、寧ろ誇るべきことである、とまで思っていたらしい。 軍人は軍人で、殊に下士以下は人の娘は勿論、後家は勿論、或は人の妻をすら翫弄して、それが当然の権利であり、国民の義務であるとまで済ましていたらしい。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫