・・・毎日の仕事に疲れた頭をどうにかもみほごして気持ちの転換を促し快いあくびの一つも誘い出すための一夕の保養としてはこの上もないプログラムの構成であると思われる。むしろ無意味に笑ったり、泣いたりすることの「生理的効果」のほうが実は大衆観客のみなら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・誰の胸の奥にでも必ずぽっちりはある感傷癖を誘い出すように聞えるのだ。 まして彼は生れつき其傾向を多分に持ち合わせていた。彼はメランコリックな表情を浮べた。そして、仰向き眼をしぱしぱさせながら何かを考え出した。 やがて、彼は側の小卓子・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・今日、文学の中でこういう表現が確信をもってされ、それとしての通用性を自覚した感情で云われ得ているということが、複雑な思索を刺戟し、心を揺って更にひろい、過去未来への問題へ私を誘い出すのである。 二 数年前の・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・それは、結婚という言葉が、それぞれの実質の高さ低さにかかわらず、何か人生的な落着きという感じを誘い出す点である。誰々さんが結婚するそうよ。まあ、そうお、「誰と?」という好奇心の起る前に、ききての胸にぼんやりと映るのは、それであのひとも落着く・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・中からはなお私の涙を誘い出す様な青く、まっさおく光る青貝の螺鈿の小箱があった。私がよくこれを見るとこの角々をなで廻しながら「マア、ほんまに何とえい箱やろ、わて心中しようとまで思う人でなければあげんのえ」こんな事を云って居た箱だった。私はその・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・メフィストもまたメフィストを誘い出すだろう。 私はまた事を誤ったのだろうか。七 私は人の長所を見たいと思っている。そうしてなるべく多くの人に愛を感じたいと思っている。しかし私には思うほどにそれができない。 私が愛を感・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫