・・・貝原益軒翁が、『養生訓』を著わし、『女大学』を撰して、大いに世の信を得たるは、八十の老翁が自身の実験をもって養生の法を説き、誠実温厚の大儒先生にして女徳の要を述べたるがゆえに然るのみ。もしもこの『養生訓』、『女大学』をして、益軒翁以下、尋常・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・決して卑しく求むべきではないし、最上とか何とか先入的な価値の概念は持つべきでないし、同時に、恋愛の本質に素直でそこから自分の誠実さが感じ理解出来るだけのものを余りなく得て全生活を浄め豊かにするだけの、視野の宏大な愛、人間、自分への信任が大切・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・――アンネットが確実に彼のものとなった後、彼は、アンネットの誠実な、熱烈な純一を愛する心を無視した一つずつの肉的な抱擁が、どんなにアンネットの霊魂を傷つけるかまるで考え得なかったのであった。アンネットは、大きな、死ぬばかりの苦痛を味った。・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・私は、悠々した、相当大きい、誠実で熱烈なところのある毛の厚い犬を好む。Breed をやかましくは考えない。ありふれた、そして犬らしい犬が欲しいのであった。 ところが今日、思いがけないことが起った。午後三時頃、私は一仕事しまって、おそい昼・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ ルイジョフは、いつかこの精力的で誠実な工場管理者を大衆の前で恥しめようとして失敗して以来、目に見えた反抗はしない。が、インガがソヴェト型の婦人服見本を用意することを命じた、その仕事をひっぱって、金ばかりかける。インガはそれを鞭撻し、見・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・予は一片誠実の心を以て学問に従事し、官事に鞅掌して居ながら、その好意と悪意とを問わず、人の我真面目を認めてくれないのを見るごとに、独り自ら悲しむことを禁ずることを得なかったのである。それ故に予は次第に名を避くるということを勉めるようになった・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・憐れなる悩める者も誠実な勇気と努力とをもってすればついには何者かになり得るのです。偉大な人々の悲劇的生活は私たちの慰藉でありまた鞭であります。彼らが小さい一冊の本を書くためにも、その心血を絞り永年の刻苦と奮闘とを通り抜けなければならなかった・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 私は芸術的良心が生活態度の誠実でない人の心に栄えるとは思わない。四 フランスやイタリアの作家には饒舌が眼につく。私はダヌンチオやブウルジェエの冗漫に堪え切れない。トルストイに至ってはさすがに偉大である。たとえばあの大部・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・ キェルケゴオルはその誠実な人格的生活、真生活築造の情熱、及びプラグマチズム風の認識論、特に主意的な人生観、著しい宗教的傾向、ただ宗教心の内にのみ真実になる個人主義、――などにおいて十分注意せられる価値がある。 私がキェルケゴオルを・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・その表現に際して虚偽を絶対に避けるためには、姙まれたものに対する極度の誠実と愛と配慮とがなくてはならぬ。――もともと姙まない者が、すなわち高い深い内生を、生命の沸騰を、持っていない者がそれを持っている者のごとくふるまい表現しようとするごとき・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫