・・・桂月先生はこの鴨の獲れないのが大いに嬉しいと見えて、「えらい、このごろの鴨は字が読めるから、みんな禁猟区域へ入ってしまう」などと手を叩いて笑っていた。しかもまた、何だか頭巾に似た怪しげな狐色の帽子を被って、口髭に酒の滴を溜めて傍若無人に笑う・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・が、ジャットランドの海戦記事などはふだんでも愉快に読めるものではない。殊に今日は東京へ行きたさに業を煮やしている時である。彼は英語の海語辞典を片手に一頁ばかり目を通した後、憂鬱にまたポケットの底の六十何銭かを考えはじめた。…… 十一時半・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・且つ寺子屋仕込みで、本が読める。五経、文選すらすらで、書がまた好い。一度冥途をってからは、仏教に親んで参禅もしたと聞く。――小母さんは寺子屋時代から、小僧の父親とは手習傍輩で、そう毎々でもないが、時々は往来をする。何ぞの用で、小僧も使いに遣・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
汽車がとまる。瓦斯燈に「かしはざき」と書いた仮名文字が読める。予は下車の用意を急ぐ。三四人の駅夫が駅の名を呼ぶでもなく、只歩いて通る。靴の音トツトツと只歩いて通る。乗客は各自に車扉を開いて降りる。 日和下駄カラカラと予の先きに三人・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・名前はコンスタンチェとして、その下に書いた苗字を読める位に消してある。 この手紙を書いた女は、手紙を出してしまうと、直ぐに町へ行って、銃を売る店を尋ねた。そして笑談のように、軽い、好い拳銃を買いたいと云った。それから段々話し込んで、に尾・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・刺青をされて間もなく炭坑を逃げ出すと、故郷の京都へ舞い戻り、あちこち奉公したが、英語の読める丁稚と重宝がられるのははじめの十日ばかりで、背中の刺青がわかって、たちまち追い出されてみれば、もう刺青を背負って生きて行く道は、背中に物を言わす不良・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・彼には清三がいろ/\むずかしいことを知って居り、難解な外国の本が読めるのが、丁度自分にそれだけの能力が出来たかのように嬉しいのだった。そして、ひまがあると清三のそばへ寄って行って話しかけた。「独逸語。」「……独逸語のうちでもこれは大・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・初めの中は変な仮名文字だから読み苦くって弱りましたが、段々読むに慣れてスラスラと読めるようになった。それから後は親類の家などへ往って、児雷也物語とか弓張月とか、白縫物語、田舎源氏、妙々車などいうものを借りて来て、片端から読んで一人で楽んで居・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・自家も停車場の近所だったから、すぐ彼はうちへ帰れて読みかけの本が読めるのだった。その本は少し根気の要るむずかしいものだったが、龍介はその事について今興味があった。彼には、彼の癖として何かのつまずきで、よくそれっきり読めずに、放ってしまう本が・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・「しかし、僕はそれに耐えられるほど、まだほんとうに頭ができていない。」「だから、ときどき出て来るさ。番町の先生の話なぞもききに来るさ。」「そうだよ。」「読めるだけはいろいろなものを読んで見るさ。」「そうだよ。」 その・・・ 島崎藤村 「分配」
出典:青空文庫