・・・従って受働的習慣と能働的習慣との区別を論じた有名な最初の論文などは、近頃ティスセランの出版の全集が出るまでは読むことができなかった。能働的習慣と受働的習慣との区別の如きは面白い洞察と思う。コンディヤックの感覚論から出でて、その立場を守りなが・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ ニイチェの理解に於ける困難さは、彼の初期に於ける少数の著書論文を除いて、その後の者が多くアフォリズムの形式で書かれて居ることにある。彼がこの文章の形式を選んだのは、一つには彼の肉体が病弱で、体系を有する大論文を書くに適しなかつた為もあ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・実に国のために歎ずるに堪えずとて、福沢先生一篇の論文を立案し、中上川先生これを筆記し、「学問と政治と分離すべし」と題して、連日の『時事新報』社説に登録したるが、大いに学者ならびに政治家の注意を惹き来りて、目下正に世論実際の一問題となれり。よ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・戦争について考え直して見ようとする本、戦争について日本の権力が語るひとりよがりを不審とする論文、そういうものは発表されなかったのだから。 さて、戦争が終って、ポツダム宣言が受諾され、日本は人民の幸福のための民主国にならなければならないこ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・という論文は当時やかましく論議されたものである。わたしという一人の作家にふれる場合、見のがすことのできない母斑のようにあつかわれても来ている。民主主義文学運動がはじまってから蔵原惟人、小林多喜二、宮本顕治にふれて、当時の検事局的に歪曲された・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・卒業した。卒業論文には、国史は自分が畢生の事業として研究する積りでいるのだから、苛くも筆を著けたくないと云って、古代印度史の中から、「迦膩色迦王と仏典結集」と云う題を選んだ。これは阿輸迦王の事はこれまで問題になっていて、この王の事がまだ研究・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・抒情詩も禁止せられる。論文も禁止せられる。外国ものの翻訳も禁止せられる。 そこで文字に書きあらわされてある、あらゆるものの中から、自然主義と社会主義とが捜されるということになった。文士だとか、文芸家だとか云えば、もしや自然主義者ではある・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・学位論文も通ったらしいです。」「じゃ、二十一歳の博士か。そんな若い博士は初めてでしょう。」「そんなことも云ってました。通った論文も、アインシュタインの相対性原理の間違いを指摘したものだと云ってましたがね。」 異才の弟子の能力に高・・・ 横光利一 「微笑」
・・・羅山はそれ以前から熱心な仏教排撃者であって、そういう論文をいくつか書いているが、それによると、解脱は一私事であって、人倫の道の実現ではない、というのである。同時にまた彼は熱心なキリシタン排撃者であって、仕官の前年に『排耶蘇』を書いている。松・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ 彼に関する研究は、一八七九年に出たブランデスの論文が最も早いものの一つで、その後漸次多くなり、今世紀に入ってからは著しく盛んになっている。一九〇九年までには単行本が六冊、その後一九一三年までには単行本が十冊、雑誌の論文が十篇に達してい・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫