・・・もまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないことになるのは当然のことなのだったが、しかしそんな状態にいる吉田にはそんな諦めがつくはずはなく、いくらでもそれは苦・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・絶叫し、論争し、折伏する闘いの人日蓮をみて、彼を奥ゆかしき、寂しさと諦めとを知らぬ粗剛の性格と思うならあやまりである。 鎌倉幕府の要路者は日蓮への畏怖と、敬愛の情とをようやくに感じはじめたので、彼を威迫することをやめて、優遇によって懐柔・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そこに人間の最も人間らしい悩みの中心課題があり、そこからまた従って英知とか諦めとか悟りとかいうものが育ってくるのである。人生の離合によって鍛えられない霊魂の遍歴というものは恐らくないであろう。 合うとか離れるとかいうことは実は不思議なこ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 一兵卒の死の原因にしても、長途の行軍から持病の脚気が昂進したという程度で、それ以上、その原因を深く追求しないで、主人公の恐ろしい苦しみをかきながら、作者は、ある諦めとか運命とかいうものを見つけ出そうとしている。脚気は戦地病であるが、一・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・どうも今更仕方はございませんから、諦めておしまいなすったがようございましょう。」という細君の言葉は差当って理の当然なので、主人は落胆したという調子で、「アア諦めるよりほか仕方が無いかナア。アアアア、物の命数には限りがあるものだナア。・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・て折節橋の上で聞くさわぎ唄も易水寒しと通りぬけるに冬吉は口惜しがりしがかの歌沢に申さらく蝉と螢を秤にかけて鳴いて別りょか焦れて退きょかああわれこれをいかんせん昔おもえば見ず知らずとこれもまた寝心わるく諦めていつぞや聞き流した誰やらの異見をそ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」ということに過ぎない。その諦めもほんの上っ面のもので、衷心に存する不平や疑惑を拭い去る力のあるものではない。しかたがないからという諦めである。三 こ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・二十歳の少年の分際で、これはあまり諦めがよすぎるかも知れません。……シェストフ的不安とは何であるか、僕は知りません。ジッドは『狭き門』を読んだ切りで、純情な青年の恋物語であり、シンセリティの尊さを感じたくらいで、……とにかく、浅学菲才の僕で・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・わりに嘘のない、静かな諦めが、作品の底に感じられてすがすがしい。この作者のものの中でも、これが一ばん枯れていて、私は好きだ。この作者は、とっても責任感の強いひとのような気がする。日本の道徳に、とてもとても、こだわっているので、かえって反撥し・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・その夜わたくしは、前々から諦めはつけていた事でもあり、随分悠然として自分の家と蔵書の焼け失せるのを見定めてから、なお夜の明け放れるまで近隣の人たちと共に話をしていたくらいで、眉も焦さず焼けど一ツせずに済んだ。言わば余裕頗る綽々としたそういう・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫