・・・と、諭したり慰めたりしてくれました。が、新蔵はそう聞いた所で、泰さんの云う事には得心出来ても、お敏の安否を気使う心に変りのある筈はありませんから、まだ険しい表情を眉の間に残したまま、「それにしても君、お敏の体に間違いのあるような事はないだろ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「いえ、かねてお諭しでもござりますし、不断十分に注意はしまするが、差当り、火の用心と申すではござりませぬ。……やがて、」 と例の渋い顔で、横手の柱に掛ったボンボン時計を睨むようにじろり。ト十一時……ちょうど半。――小使の心持では、時・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・やり場がなかったんですのに、導びきと一所に、お諭しなんです。小県さん。あの沼は、真中が渦を巻いて底知れず水を巻込むんですって、爺さんに聞いています……」 と、銑吉の袂の端を確と取った。「行く道が分っていますか。」「ええ、身を投げ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と小宮山は且つ慰め、且つ諭したのでありまする、そう致しますと、その物語の調子も良く、取った譬も腑に落ちましたものと、見えて、「さようでございますかね。」 と申した事は纔ながら、よく心も鎮って、体も落着いたようでありまする。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 美人は冷然として老媼を諭しぬ、「母上の世に在さば何とこれを裁きたまわむ、まずそれを思い見よ、必ずかかる乞食の妻となれとはいいたまわじ。」と謂われて返さむ言も無けれど、老媼は甚だしき迷信者なれば乞食僧の恐喝を真とするにぞ、生命に関わる大・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ けれど、母親は、よくいい諭したのであります。「もうすこし辛棒しておいで、じきに春になる。そうすれば、水の上が明るくなって、水もあたたまりますよ。そうなったら、自由に泳ぐことを許してあげよう。」 子供は、お母さんに、こういわれる・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・私は藤吉のことを思いますと、ああ悪いことをしたと、つくづくわが身の罪を思うのでございますが、さればとてお俊を諭して藤吉の後を逐わすことをいたすほどの決心は出ませんので、ただ悪い悪いと思いながらお俊の情を受けておりました。 そのうちだんだ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、人々の前に出す迄に、スバーの涙を一層激しくしました。来た偉い人は、長い間、彼女をじいっと見た揚句、「そんなに悪くもない。」と思いました。 彼は、スバーの涙に特別な注意を払い、彼女が優しい心・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・われぬ、私もその心して聞こう故、かたがたもめいめいの心に推しはかり、思うところを私に申して呉れ、たとえかたがたの推量にひがごとがあっても、それは咎むべきでない、奉行の人たちも通事の誤訳を罪せぬよう、と諭した。人々は、承知した、と答えて審問の・・・ 太宰治 「地球図」
・・・その危難にあったことが精密ではないが、薄々は忍藻にも聞えたので、さアそれが忍藻の心配の種になり、母親をつかまえて欝ぎ出すのでそこで前のとおり母親もそれを諭して励ましていた。「門前の小僧は習わぬ経を誦む」鍛冶屋の嫁は次第に鉄の産地を知る。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫