・・・私を一番感動させたのは、制作者としてヴォルフがもっているひろやかで瑞々しく複雑な情緒と、対象をそのものとして活きた性格の姿でとらえてゆく主観の謙抑とでもいう美しさである。頁から頁へと一つの印画から一つの印画へとそこに描こうとされた生活の各断・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・であることと「簡素」であることと「謙抑」であることとが云われているが、現代の性格として私たちの日常は周囲にその文字どおりの気風を感じながら暮しているだろうか。簡素であるということは単純でもあり淡白でもあるということになるだろうが岡崎義恵氏の・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・最初文芸委員会がファウストを訳することを私に嘱した時、向軍治さんが一面委員会の鑑職の足らぬを気の毒がり、一面私の謙抑しないのを戒めて下すった。世間は向さんの快挙を見て、それからは誤訳者と云えば私、私と云えば誤訳者、誤訳書と云えばファウスト、・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・高田の鋭く光る眼差が、この日も弟子を前へ押し出す謙抑な態度で、句会の場数を踏んだ彼の心遣いもよくうかがわれた。「三たび茶を戴く菊の薫りかな」 高田の作ったこの句も、客人の古風に昂まる感情を締め抑えた清秀な気分があった。梶は佳い日の午・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫