・・・広小路に福本亭という講釈場のあった事や、浅草橋手前に以呂波という牛肉屋のあった事などもきいて見たが、それもよく覚えていないようであった。日露戦争の頃に生れた娘には、その生れた町のはなしでも僕の言うことは少し時代が古過ぎたのであろう。現在はど・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・何か月並のような講釈をしてすみませんが、人間活力の発現上積極的と云う言葉を用いますと、勢力の消耗を意味する事になる。またもう一つの方はこれとは反対に勢力の消耗をできるだけ防ごうとする活動なり工夫なりだから前のに対して消極的と申したのでありま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・って顧盻勇を示す一段になるとおあつらえ通りに参らない、いざという間際でずどんと落ること妙なり、自転車は逆立も何もせず至極落ちつきはらったものだが乗客だけはまさに鞍壺にたまらずずんでん堂とこける、かつて講釈師に聞た通りを目のあたり自ら実行する・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・これも宜しいと答えると、是非御買いなさいと念を押す代りに、鳥籠の講釈を始めた。その講釈はだいぶ込み入ったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価のでなくっても善かろうと・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・今の百姓の子供に、四角な漢字の素読を授け、またはその講釈するも、もとより意味を解すものあるべからず。いたずらに双方の手間潰したるべきのみ。古来、田舎にて好事なる親が、子供に漢書を読ませ、四書五経を勉強する間に浮世の事を忘れて、変人奇物の評判・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ただ今から、暫時の間、そのご文の講釈を致す。みなの衆、ようく心を留めて聞かしゃれ。折角鳥に生れて来ても、ただ腹が空いた、取って食う、睡くなった、巣に入るではなんの所詮もないことじゃぞよ。それも鳥に生れてただやすやすと生きるというても、まこと・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 講釈師大谷内越山の訛 金色夜叉「昔の間貫一は死ですもうとる」 小酒井博士 ひどい肺病 妻君 かげで女中をしかりつけ、夫のところへ来ると、まるでわざとらしい微笑をはなさず。 夫 下・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
小石川――目白台へ住むようになってから、自然近いので山伏町、神楽坂などへ夜散歩に出かけることが多くなった。元、椿山荘のあった前の通りをずっと、講釈場裏の坂へおり、江戸川橋を彼方に渡って山伏町の通りに出る。そして近頃、その通・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・ 西洋事情や輿地誌略の盛んに行われていた時代に人となって、翻訳書で当用を弁ずることが出来、華族仲間で口が利かれる程度に、自分を養成しただけの子爵は、精神上の事には、朱子の註に拠って論語を講釈するのを聞いたより外、なんの智識もないのだが、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・読本は京伝、馬琴の諸作、人情本は春水、金水の諸作の類で、書本は今謂う講釈種である。そう云う本を読み尽して、さて貸本屋に「何かまだ読まない本は無いか」と問うと、貸本屋は随筆類を推薦する。これを読んで伊勢貞丈の故実の書等に及べば、大抵貸本文学卒・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫