・・・ しかし、女中に用事一つ言いつけるにも、まずかんにんどっせと謝るように言ってからという登勢の腰の低さには、どんなあらくれも暖簾に腕押しであった。もっとも女中のなかにはそんな登勢の出来をほめながら、内心ひそかになめている者もあった。ところ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・だまって明神様へお詣りしたのは謝るから、入れて頂戴」と声を掛けたが、あけに立つ気配もなかった。「いいわよ」 安子はいきなり戸を蹴ると、その足でお仙の家を訪れた。「どうしたの安ちゃん、こんなに晩く……」「明日田舎へゆくからお別・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・梅子が泣いて見あげた眼の訴うるが如く謝るが如かりしを想起す毎に細川はうっとりと夢見心地になり狂わしきまでに恋しさの情燃えたつのである。恋、惑、そして恥辱、夢にも現にもこの苦悩は彼より離れない。 或時は断然倉蔵に頼んで窃かに文を送り、我情・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・大塚さんが客を謝るというは、めずらしいことだった。 書生が出て行った後、大塚さんはその部屋の内を歩いて、そこに箪笥が置いてあった、ここに屏風が立て廻してあった、と思い浮べた。襖一つ隔てて直ぐその次にある納戸へも行って見た。そこはおせ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
出典:青空文庫