・・・哲学がそれを謳歌し、宗教がそれを賛美し、人間のことはそれで遺憾のないように説いている。 自分は今つくづくとわが子の死に顔を眺め、そうして三日の後この子がどうなるかと思うて、真にわが心の薄弱が情けなくなった。わが生活の虚偽残酷にあきれてし・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・今の時代の人々は彼らを謳歌している。そしてかれは今の時代の精神に触れないばかりに、今の時代をののしるばかりにこのありさまに落ちてしまった。『あらためて一つ差し上げましょう、この後永くお交際のできますように、』と自分は杯をさした。かれは黙・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・時代の風潮は遊廓で優待されるのを無上の栄誉と心得て居る、そこで京伝らもやはり同じ感情を有して居る、そこで京伝らの著述を見れば天明前後の社会の堕落さ加減は明らかに写って居ますが、時代はなお徳川氏を謳歌して居るのであります。しかし馬琴は心中に将・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・「リベルタンってやつがあって、これがまあ自由思想を謳歌してずいぶんあばれ廻ったものです。十七世紀と言いますから、いまから三百年ほど前の事ですがね。」と、眉をはね上げてもったいぶる。「こいつらは主として宗教の自由を叫んで、あばれていたらしいで・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・の無条件な謳歌者でない事だけは想像される。少なくも彼の頭が鉄と石炭ばかりで詰まっていない証拠にはなるかと思う。 彼はまだこれからが働き盛りである。彼が重力の理論で手を廻さなかった電磁気論は、ワイルによって彼の一般相対性原理の圏内に併・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 「人生謳歌」 グラノフスキーの「人生謳歌」というのを見せてもらった。原名は「人生の歌」というのであるが、自分の見たところではどうも人生を謳歌したものとは思われない。むしろやはり一種のトーテンタンツであるような気がす・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・こういう絵を見ては誰でも資本主義を謳歌したくなる。 安井氏の「風吹く湖畔」を見ると日本の夏に特有な妙に仇白く空虚なしかし強烈な白光を想い出させられるが、しかしそういう点ではむしろ先年の「海岸風景」の方から一層強い印象を受けたような気がし・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・雷同し謳歌して行くより外には安全なる処世の道はないように考えられている。この場合わが身一つの外に、三界の首枷というもののないことは、誠にこの上もない幸福だと思わなければならない。 ○ わたくしの身にとって妻帯の・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ この常識から見れば奇妙な偏りをもった古典文学謳歌の傾向が、ともかく自身のために語り得る場処をもち得ているという可能の条件に就て、自明な情勢はもとよりのこととして、更に文化の面から考察が進められなければなるまいと思う。アカデミックな国文・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・の人々は亀井勝一郎、保田与重郎、中河与一を先頭として「日本精神」の謳歌によって文飾されたファシズム文学を流布した。女詩人深尾須磨子はイタリーへ行って、ムッソリーニとファシズムの讚歌を歌った。私は目白の家で殆ど毎日巣鴨へ面会にゆきながら活ぱつ・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫