・・・かつては豊満な脂肪で柔かった肩も今は痛々しいくらい痩せて、寺田は気の遠くなるほど悲しかったが、一代ももう寺田に肩を噛まれながら昔の喜びはなく、痛い痛いと泣く声にも情痴の響きはなかった。やっと看護婦が帰って来たが、のろまな看護婦がアンプルを切・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・快活らしい元気な表情の中には、ただ、ゼーヤから拾ってきた砂金を掴み取り、肌の白い豊満な肉体を持っているバルシニヤを快楽する、そのことばかりでいっぱいだった。 永井は、ほかの者におくれないように、まっしぐらに突進した。着剣した、兵士の銃と・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・完全に裸体で豊満な肉体をもった黒髪の女が腕を組んだまま腰を振り振り舞台の上手から下手へ一直線に脇目もふらず通り抜けるというものすごい一景もあった。 要するにレビューというものはただ雑然とした印象系列の偶然な連続としか思われなかった。ワグ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・淑貞の窈窕たる体には活溌な霊魂が投げ入れられて、豊満になった肉体とともに、冗談を云う娘となって来た。 二十八年間を中国に暮したC女史にとって、故郷の天気は却って体に合わなくなっている。C女史はものうくベッドにもたれていた。軽快な足どりで・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・それは生命の流動に統一ある力強さを与えるべく、また生命の発育を健やかな豊満と美とに導くべく、生活にとって欠くべからざる任務を有する。これなくしては人は意識の混沌と欲求の分裂との間に萎縮しおわらなくてはならぬ。人が何らか積極的の生を営み得るた・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・その手法の上から推古仏の源流であること疑いがないといえるであろうが、しかしその与える印象においては推古仏とだいぶ違うものである。その豊満な肢体や、西方人を連想させる面相や、それらを取り扱う場合の感覚的な興味などは、推古仏にはほとんどないもの・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫