・・・が、もう床が取ってある…… 枕元の火鉢に、はかり炭を継いで、目の破れた金網を斜に載せて、お千さんが懐紙であおぎながら、豌豆餅を焼いてくれた。 そして熱いのを口で吹いて、嬉しそうな宗吉に、浦里の話をした。 お千は、それよりも美しく・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・今来た入口に、下駄屋と駄菓子屋が向合って、駄菓子屋に、ふかし芋と、茹でた豌豆を売るのも、下駄屋の前ならびに、子供の履ものの目立って紅いのも、もの侘しい。蒟蒻の桶に、鮒のバケツが並び、鰌の笊に、天秤を立掛けたままの魚屋の裏羽目からは、あなめあ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・床柱にも名があろう……壁に掛けた籠に豌豆のふっくりと咲いた真白な花、蔓を短かく投込みに活けたのが、窓明りに明く灯を点したように見えて、桃の花より一層ほんのりと部屋も暖い。 用を聞いて、円髷に結った女中が、しとやかに扉を閉めて去ったあとで・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ 九 世は青葉になった。豌豆も蚕豆も元なりは莢がふとりつつ花が高くなった。麦畑はようやく黄ばみかけてきた。鰌とりのかんてらが、裏の田圃に毎夜八つ九つ出歩くこの頃、蚕は二眠が起きる、農事は日を追うて忙しくなる。 ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 翌朝、男は近くの米屋から四合十銭の米と、八百屋から五銭の青豌豆を買ってきて、豌豆飯を炊いて、食べさせてくれました。そして、どうだ、拾い屋をやる気はないかと言うので、私は人恋しさのあまりその男にふと女心めいたなつかしさを覚えていたのでし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・昨日わが窓より外を眺めていたら、たくさんの烏が一羽の鳶とたたかい、まことに勇壮であったとか、一昨日、墨堤を散歩し奇妙な草花を見つけた、花弁は朝顔に似て小さく豌豆に似て大きくいろ赤きに似て白く珍らしきものゆえ、根ごと抜きとり持ちかえってわが部・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・麦の畑でない処には、蚕豆、さや豌豆、午蒡の樹になったものに、丸い棘のある実が生って居るのを、前に歩いて行った友に、人知れず採って打付けて遣ったり何かすると、友は振返って、それと知って、負けぬ気になって、暫く互に打付けこをするのも一興である。・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・ 子供の時分にとんぼを捕るのに、細い糸の両端に豌豆大の小石を結び、それをひょいと空中へ投げ上げると、とんぼはその小石をたぶん餌だと思って追っかけて来る。すると糸がうまいぐあいに虫のからだに巻きついて、そうして石の重みで落下して来る。あれ・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 子供の時分に蜻蛉を捕るのに、細い糸の両端に豌豆大の小石を結び、それをひょいと空中へ投げ上げると、蜻蛉はその小石を多分餌だと思って追っかけて来る。すると糸がうまい工合に虫のからだに巻き付いて、そうして石の重みで落下して来る。あれも参考に・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・コメススキや白山女郎花の花咲く砂原の上に大きな豌豆ぐらいの粒が十ぐらいずつかたまってころがっている。蕈の類かと思って二つに割ってみたら何か草食獣の糞らしく中はほとんど植物の繊維ばかりでつまっている。同じようなのでまた直径が一倍半くらい大きい・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
出典:青空文庫