・・・と、達ちゃんは、口ではこんな負け惜しみをいいましたけれど、学校でみんなが笑った、あのときのことを思い出すと、きまりが悪くなりました。 秀ちゃんは、いつまでも、そんなことを思っていませんでした。「君、なにか、おもしろい雑誌がない?」と・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・決して負け惜しみで言っているわけではありません。あなたが御手紙でおっしゃっている事は、すべて私も、以前から知悉していました。あなたはそれを、私たちよりも懐疑が少く、権威を以て大声で言い切っているだけでありました。もっともあなたのような表現の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・また配給の三合の焼酎に、薬缶一ぱいの番茶を加え、その褐色の液を小さいグラスに注いで飲んで、このウイスキイには茶柱が立っている、愉快だ、などと虚栄の負け惜しみを言って、豪放に笑ってみせるが、傍の女房はニコリともしないので、いっそうみじめな風景・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・庭園の私語も、家来たちの卑劣な負け惜しみに過ぎなかったのではあるまいか。あり得る事だ。僕たちだって、佳い先輩にさんざん自分たちの仕事を罵倒せられ、その先輩の高い情熱と正しい感覚に、ほとほと参ってしまっても、その先輩とわかれた後で、「あの・・・ 太宰治 「水仙」
・・・乞食の負け惜しみというのでしょうか、虚栄というのでしょうか。アメリカの烏賊の缶詰の味を、ひそひそ批評しているのと相似たる心理でした。まことに、どうも、度し難いものです。 私たちの計画は、とにかくこの汽車で終点の小牛田まで行き、東北本線で・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・臆病だ。負け惜しみだ。ああ、もう、理屈は、いやいや。世の中の人たちは、みんな優しい。みんな手助けして呉れる。冷く、むごいのは、あなたたちだけだ。どん底に蹴落すのは、あなたたちだ。負けても、嘘ついて気取っている男だけが、ひとのせっかくの努力を・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・痩馬に乗せられ刑場へ曳かれて行く死刑囚が、それでも自分のおちぶれを見せまいと、いかにも気楽そうに馬上で低吟する小唄の謂いであって、ばかばかしい負け惜しみを嘲う言葉のようであるが、文学なんかも、そんなものじゃないのか。早いところ、身のまわりの・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しかし負け惜しみの強い彼の説によると「世界は循環する。いちばんおくれたものが結局いちばん進んでいることになる」というのである。別に議論にもならないから、われわれ友人の間ではただ機嫌よく笑ってすむのである。 友人鵜照君の年賀状観の変遷史を・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
出典:青空文庫