・・・ 貧富の相違はもとより、自からの力によって、いまだ全く生活することのできない彼等は、土地、両親、境遇、そして性質等によって、見るもの、聞くものをすら異にし、しかも彼等は宿命に甘んじて、その裡に各の幸福を見出さんとしつゝあるのでありま・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・ 私が、いまこゝにいう貧富というのは、絹物を被るものと木綿物を被るものと、もしくは、高荘な建物に住む者と、粗末な小舎に住む者という程度の相違をいうのであったらそれによって、人間の幸福と不幸福とは判別されるものでないといわれるでありましょ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・死に面しては、貴賎・貧富も、善悪・邪正も、知恵・賢不肖も、平等一如である。なにものの知恵も、のがれえぬ。なにものの威力も、抗することはできぬ。もしどうにかしてそれをのがれよう、それに抗しようと、くわだてる者があれば、それは、ひっきょう痴愚の・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 否な、人間の死は科学の理論を俟つまでもなく、実に平凡なる事実、時々刻々の眼前の事実、何人も争う可らざる事実ではない歟、死の来るのは一個の例外を許さない、死に面しては貴賎・貧富も善悪・邪正も知愚・賢不肖も平等一如である、何者の知恵も遁が・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・貴賤貧富の別が無いんだ。」と声に気取った抑揚をつけて言った。「君はバイロンかい。」私は努めて興醒めの言葉を選んで言った。少年の相変らずの思わせぶりが、次第に鼻持ちならなく感ぜられて来たのである。「君は跛でもないじゃないか。それに、人間は・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・と極度の疲労のため精神朦朧となり、君子の道を学んだ者にも似合わず、しきりに世を呪い、わが身の不幸を嘆いて、薄目をあいて空飛ぶ烏の大群を見上げ、「からすには、貧富が無くて、仕合せだなあ。」と小声で言って、眼を閉じた。 この湖畔の呉王廟は、・・・ 太宰治 「竹青」
・・・然りと雖も相互に於ける身分の貴賤、貧富の隔壁を超越仕り真に朋友としての交誼を親密ならしめ、しかも起居の礼を失わず談話の節を紊さず、質素を旨とし驕奢を排し、飲食もまた度に適して主客共に清雅の和楽を尽すものは、じつに茶道に如くはなかるべしと被存・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・また貧富の懸隔はかように色気なき物かとも感ずる。またミカウバーと住んでおったデヴィッド・カッパーフィールドのような感じもする。四月二十日。 三 朋友その朋友と共に我輩が生活を共にするところの朋友姉妹の事について・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・当然のことにして、又その家の貧富貴賤、その人の才不才徳不徳、その身の強弱、その容貌の醜美に至るまで、篤と吟味するは都て結婚の約束前に在り。裏に表に手を尽して吟味に吟味を重ね、双方共に是れならばと決断していよ/\結婚したる上は、家の貧乏などを・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ひとり私塾においては、遠近の人相集り、その交際ただ読書の一事のみにて他に関係なければ、たがいにその貴賤貧富を論ずるにいとまあらず。ゆえに富貴は貧賤の情実を知り、貧賤は富貴の挙動を目撃し、上下混同、情意相通じ、文化を下流の人に及ぼすべし。その・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
出典:青空文庫