・・・わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。二十三合目に、――どうかそれを忘れずに下さい。わたしは今でもこの事だけは、感心だと思っているのです。わたしと二十合斬り結んだものは、天下にあの男一人だけですから。 わたしは男が倒れると同・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・言葉を換えていえば、私は鋭敏に自分の魯鈍を見貫き、大胆に自分の小心を認め、労役して自分の無能力を体験した。私はこの力を以て己れを鞭ち他を生きる事が出来るように思う。お前たちが私の過去を眺めてみるような事があったら、私も無駄には生きなかったの・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・御先祖の霊前に近く、覚悟はよいか、嬉しゅうござんす、お妻の胸元を刺貫き――洋刀か――はてな、そこまでは聞いておかない――返す刀で、峨々たる巌石を背に、十文字の立ち腹を掻切って、大蘇芳年の筆の冴を見よ、描く処の錦絵のごとく、黒髪山の山裾に血を・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・渠等こそ、山を貫き、谷を穿って、うつくしい犠牲を猟るらん。飛天の銃は、あの、清く美しい白鷺を狙うらしく想わるるとともに、激毒を啣んだ霊鳥は、渠等に対していかなる防禦をするであろう、神話のごとき戦は、今日の中にも開かるるであろう。明神の晴れた・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・目詰むれば他をして身の毛をよだたすことある、その時と同一容体にて、目まじろぎもせで、死せるがごとき時彦の顔を瞻りしが、俄然、崩折れて、ぶるぶると身震いして、飛着くごとく良人に縋りて、血を吐く一声夜陰を貫き、「殺します、旦那、私はもう……・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・それも棄て、身も棄てて、死ぬほどの思いをして、あなたのお言葉を貫きました。……あなたはここをお立ちになると、もうその時から、私なぞは、山の鳥です、野の薊です。路傍の塵なんです。見返りもなさいますまい。――いいえ、いいえ……それを承知で、……・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 犬坂毛野造次何ぞ曾て復讎を忘れん 門に倚て媚を献ず是権謀 風雲帳裡無双の士 歌舞城中第一流 警柝声はむ寒かんちようの月 残燈影は冷やかなり峭楼の秋 十年剣を磨す徒爾に非ず 血家血髑髏を貫き得たり 犬飼現八弓を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
都に程近き田舎に年わかき詩人住みけり。家は小高き丘の麓にありて、その庭は家にふさわしからず広く清き流れ丘の木立ちより走り出でてこれを貫き過ぐ。木々は野生えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は緑陰深く繁りて小川の水も暗く、秋・・・ 国木田独歩 「星」
・・・されば路という路、右にめぐり左に転じ、林を貫き、野を横ぎり、真直なること鉄道線路のごときかと思えば、東よりすすみてまた東にかえるような迂回の路もあり、林にかくれ、谷にかくれ、野に現われ、また林にかくれ、野原の路のようによく遠くの別路ゆく人影・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
わが青年の名を田宮峰二郎と呼び、かれが住む茅屋は丘の半腹にたちて美わしき庭これを囲み細き流れの北の方より走り来て庭を貫きたり。流れの岸には紅楓の類を植えそのほかの庭樹には松、桜、梅など多かり、栗樹などの雑わるは地柄なるべし、――区何町・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫