・・・――おい、君、こうなればもう今夜の会費は、そっくり君に持って貰うぜ。」 飯沼は大きい魚翅の鉢へ、銀の匙を突きこみながら、隣にいる和田をふり返った。「莫迦な。あの女は友だちの囲いものなんだ。」 和田は両肘をついたまま、ぶっきらぼう・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ この犬は年来主人がなくて饑渇に馴れて居るので、今食物を貰うようになっても余り多くは喰べない。しかしその少しの食物が犬の様子を大相に変えた。今までは処々に捩れて垂れて居て、泥などで汚れて居た毛が綺麗になって、玻璃のように光って来た。この・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・お前さんぐらいな年紀恰好じゃ、小児の持っているものなんか、引奪っても自分が欲い時だのに、そうやってちっとずつ皆から貰うお小遣で、あの児に何か買ってくれてさ。姉さん、しみじみ嬉しいけれど、ほんとに三ちゃん、お前さん、お食りなら可い、気の毒でな・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・それでいよいよ斎藤のおッ母さんに意見をして貰うということに相談が極り、それで家のお母さんが民子に幾度意見をしても泣いてばかり承知しないから、とどのつまり、お前がそう剛情はるのも政夫の処へきたい考えからだろうけれど、それはこの母が不承知でなら・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・元来椿岳というような旋毛曲りが今なら帝展に等しい博覧会へ出品して賞牌を貰うというは少し滑稽の感があるが、これについて面白い咄がある。丁度賞牌を貰って帰って来た時、下岡蓮杖が来合わした。こんなものよりか金の一両も貰った方が宜かったと、椿岳がい・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・第一気楽じゃないか、亭主は一年の半分上から留守で、高々三月か四月しか陸にいないんだから、後は寝て暮らそうとどうしょうと気儘なもので……それに、貰う方でなるべく年寄りのある方がいいという注文なんだから、こんないい口がほかにあるものかね。お仙ち・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・おれは渋い顔で、「――じゃ、早速その新聞を攻撃する文章を、広告にしてのせて貰うんだね」 れいの「川那子丹造の真相をあばく」が出たのは、それから間もなくだ。その時のお前の狼狽て方については、もう言った。 おれはその醜態にふきだし、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・……小田のような貧乏人から、香奠なんか貰うことになったのも、皆なKのせいだというんでね。かと云って、まさか僕に鉄唖鈴を喰わせる訳にも行かなかったろうからね。何しろ今の娑婆というものは、そりゃ怖ろしいことになって居るんだからね」「併し俺に・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・母が来たら自分の帰るまで待って貰う筈にして置いたところへ。 色の浅黒い、眼に剣のある、一見して一癖あるべき面魂というのが母の人相。背は自分と異ってすらりと高い方。言葉に力がある。 この母の前へ出ると自分の妻などはみじめな者。妻の一言・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫