・・・これに対する教授の電光のようなリマークは「ヤ、貴様食ったな」というのであった、と伝えられている。事実は保証しない。 鯉やすっぽんのほかに、ブルフログを養殖しようという話もあったと記憶しているが、結局おやめになったと見える。もしほんとうに・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・「田崎、貴様、よく捜して置いて呉れ。」「はあ、承知しました。」 玄関に平伏した田崎は、父の車が砂利を轢って表門を出るや否や、小倉袴の股立高く取って、天秤棒を手に庭へと出た。其の時分の書生のさまなぞ、今から考えると、幕府の当時と同・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「貴様たちが丸裸にしたんだろう。此の犬野郎!」 私は叫びながら飛びついた。「待て」とその男は呻くように云って、私の両手を握った。私はその手を振り切って、奴の横っ面を殴った。だが私の手が奴の横っ面へ届かない先に私の耳がガーンと鳴っ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・クヤクヤ貴様は何じゃ、往来で大声放歌はならんちゅう位の事は心得て居るじゃろう。どうも恐れ入りましてございます。恐れ入ったではいかんじゃないか。恐れ入りましてございます。貴様姓名は何というか。へ私は神田八丁堀二丁目五十五番地ふくべ屋呑助と申し・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・ 「へん。貴様ら三疋ばかり食い殺してやってもいいが、俺もけがでもするとつまらないや。おれはもっといい食べものがあるんだ」 そして函をかついで逃げ出そうとしました。 「待てこら」とホモイのお父さんがガラスの箱を押えたので、狐はよろ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・もし千本集まらなかったらすぐ警察へ訴えるぞ。貴様らはみんな死刑になるぞ。その太い首をスポンと切られるぞ。首が太いからスポンとはいかない、シュッポォンと切られるぞ。」 あまがえるどもは緑色の手足をぶるぶるぶるっとけいれんさせました。そして・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・勇吉は、兵隊靴はただ一つの型で作られるから、きっと、貴様のような面倒な足を持った奴は駄目だとはねられるに違いない、と、農夫らしく思い込んでいたと見える。清二は遠方の連隊に入営した。働きてが一人減った。――しかしまあよい。同時に食う口も一つ減・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・「我々の日常生活ん中で、貴様みたいな見本は――第一の敵だぞ。お前ん中からそいつをたたき出してやるぞ!」 工場管理者代理ルイジョフがインガに対してもっている反感は、しかしもっと複雑な内容をもっているのである。第一、自分は二十六年間生産・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・「それでも貴様はあれきり、支那人の物を取らんようになったから感心だ。」「全くお蔭を持ちまして心得違を致しませんものですから、凱旋いたしますまで、どの位肩身が広かったか知れません。大連でみんなが背嚢を調べられましたときも、銀の簪が出た・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・「貴様のお蔭で俺は下駄屋になったのだ!」 吉は仮面を引きずり降ろすと、鉈を振るってその場で仮面を二つに割った。暫くして、彼は持ち馴れた下駄の台木を眺めるように、割れた仮面を手にとって眺めていた。が、ふと何んだかそれで立派な下駄が出来・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫