・・・公立八雲小学校の事は大河でなければ竹箒一本買うことも決定るわけにゆかぬ次第。校長になってから二年目に升屋の老人、遂に女房の世話まで焼いて、お政を自分の妻にした。子が出来た。お政も子供も病身、健康なは自分ばかり。それでも一家無事に平和に、これ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・大衆を啓蒙すべきか、二、三の法種を鉗鎚すべきか、支那の飢饉に義捐すべきか、愛児の靴を買うべきかはアプリオリに選択できることではない。個々の価値、個々の善を見ずして、あらゆる場合に正しき選択をなし得るような一般的心術そのものをきめようとする倫・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・誰れにも区別なく麦を添加するのは、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・骨董を買う以上は贋物を買うまいなんぞというそんなケチな事でどうなるものか、古人も死馬の骨を千金で買うとさえいってあるではないか。仇十州の贋筆は凡そ二十階級ぐらいあるという談だが、して見れば二十度贋筆を買いさえすれば卒業して真筆が手に入るのだ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「貞操を金で買うんだよ……」「そんなこと……」「へえそんなこと……」彼もちょっとそう言わさった。「乱暴なお客さんでもなかったら、別になんでもないわ」「フーン。初めての時はどうだった。恐ろしくなかったか?」「そうねえ…・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・内儀「賤しいたって貴方、お米を買うことが出来ませんよ、今日も米櫃を払って、お粥にして上げましたので」七「それは/\苦々しいことで」内儀「そんな事を仰しゃらずに往って入らっしゃいまし」七「じゃア往こう、だが当にしなさんな」・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・では斯うするさ――僕が今、君に尺八を買うだけの金を上げるから粗末な竹でも何でもいい、一本手に入れて、それを吹いて、それから旅をする、ということにしたまえ――兎に角これだけあったら譲って呉れるだろう――それ十銭上げる。」 斯う言って、そこ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・「ええ、はあ買うたるのよの。午に煮ようかと思うんでがんさ。はあじきにお午じゃけに。――食べなんしたことががんすのかいの」「食べるけど、あれは厄介なばかりでしかたがないや」「おいしいものですけれどね」「それはうもうがんすえの。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「でもたくさん買うだけのお金がないんですもの」 とおかあさんは言いながらひときわあわれにうなだれました。昔は有り余った財産も今はなけなしになっているのです。 でも子どもが情けなさそうな顔つきになると、おかあさんはその子をひざに抱・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・博士が、花を買うなど、これは、全く、生れてはじめてのことでございます。今夜は、ちょっと調子が変なの。ラジオ、辻占、先夫人、犬、ハンケチ、いろいろのことがございました。博士は、花屋へ、たいへんな決意を以て突入して、それから、まごつき、まごつき・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫