・・・巻末に貼紙として添付された刷物には、末広君の講演の梗概と著者の Some After-thoughts が述べてある。この書の著者は米国在来のやり方の不備に飽き足らず末広君の色々な考えにすっかり共鳴したからのことと考えられるのである。同君帰・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ がたんがたんと、戸、障子、欄間の張紙が動く。縁先の植込みに、淋しい風の音が、水でも打ちあけるように、突然聞えて突然に断える。学校へ行く時、母上が襟巻をなさいとて、箪笥の曳出しを引開けた。冷えた広い座敷の空気に、樟脳の匂が身に浸渡るよう・・・ 永井荷風 「狐」
・・・壁の貼紙は明色、ほとんど白色にして隠起せる模様及金箔の装飾を施せり。主人クラウヂオ。(独窓の傍に座しおる。夕陽夕陽の照す濡った空気に包まれて山々が輝いている。棚引いている白雲は、上の方に黄金色の縁を取って、その影は灰色に見えている。・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・の飴でも食べさせたいため、また夫の誕生日にすきなものの一つも食べさせたいというつまり妻や母の気持で、紙に「裁縫致します」と書くことになって来ている。けれどもこの「和服裁縫いたします」の貼紙は、何とまざまざと、日本の家庭というもののよるべなさ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・この医者大藪って貼紙して来てやろうか」 Sさん、御良人の帰朝までもう一年。半年経ってやっと留守に馴れた。人間が境遇に馴れる力。シュニツレル、ゲーテ、イディオットのこと。子供のこと。年をとった女に歌心、絵心、それでなければ信心がある方がい・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ そういう貼紙が本棚の各段ごとにある。人が絶え間なくその前にたかり、或る者は手帳を出して書名をひかえている。或る者は直ぐ黒い上被りを着た店員に別の棚からその本を出して貰い、金を払っている。 成程これは、ソヴェト同盟らしい親切なやりか・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ ――知らないわ。 もう一人の小さい方が、 ――トラム。と答えた。 ――どうして知ってるのお前? これは知らないと云った方のピオニェールカだ。 ――張り紙よんだよ…… トラムはモスクワとレニングラードにある純・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・そして、壁には地図がはられ、もう一つ貼紙がある。「禁煙」。この室に寝台はない。 だが、レーニンが住んでいた室という写真の他のどれを見ても、机がきっとあると同時にきっと粗末な寝台がうつっている、彼がそれだけ、いつも倹約に生活していたことの・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・きっと型も出来、紋切り型の感情描写もあり、敵が貼り紙をつけた固形物のように扱われた場合もあったろう。しかしながら、どうしても無視できない一つの現実がある。それは一九一七年から国内戦にかけての時代に存在したソヴェト作家の数・質と、一九四〇年代・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ こういう疑問にみたされながら、私共は従順に、十円札に小さい皮肉な膏薬のように貼紙をつけ、三月三日という暦をはぎとった。 旧券封鎖で、物価はどうなるかと、目をみはって来る日を迎えた。配給になった米は、今度から約三倍の値上りをした。町・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫